うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

体位の中のベクトルを整理する(胴が長いと言わないでの巻)

ヨガ仲間と練習をしていたら、突然「アタシは胴が長いから!」と自慢をされました。
なにそれーと思ったら「アタシは胴が長いから、アレで膝が近づく感じがしないのよ! ほら、肩立ちからやるアレよ」とおっしゃる。

よくよく話を聞いてみると、アレというのはカルナ・ピダーサナのことでした。

 

今日の話はこのアーサナの "感じ" を知っている人向けの話なので、よいこ・ヤングはもちろん、よいオッチャンもオバチャンも紳士も淑女も存分に練習をしたうえでの話であることを前提に読んでくださいね。
ヨガの練習には、準備運動とさまざまな体位(アーサナ)を行ったあと、最後のほうに肩立ちのポーズから膝を耳に近づけていくものがあります。


以下の写真の状態はカルナ・ピダーサナといって、カルナは「耳」で、ピダは「圧」です。耳を押すポーズ。友人とヨガの練習をした終盤で見せてもらいました。

 

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最初の状態が左で、ベクトルの整理後が右です。
膝が近づいてきて「お!」とおっしゃっていましたが、右の状態にするためにいくつかのベクトルを整理しました。

 

 

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アーサナの最中の本人のベクトルのイメージって、コツをつかむまでは、漠然と左のように(青い線のように)なりやすいんじゃないかなと思います。こんな形にするのよね~、とポーズをとる。わたしも漠然とやると、そうです。

なんですが、そのあとに右のように体内で方向指示を細かく出すと膝が耳に近づきます。

 


左の青い線のように "まるっと畳んでいく" イメージで続けると首の下のほうに負担がかかり続けることになるので、矢印のように整理しました。
特に黄色の縦の線の意識が大切なのですが、その中には左右の尻の骨で天井を押す感じ(赤の矢印)と、同時に上腕の背面側が床を感じること・床から浮かない意識(緑の矢印)が存在しています。


この、背骨をまっすぐに上下に引いている黄色の縦線(↑)の感覚をまず整えて、そのあと腹を薄くした状態で黄色の横の線(→)で膝を肩のほうへ引き寄せていきます。

先に縦線があってからの、横線です。
(いろんなアーサナで背骨を柔軟にした状態でやることが大切で、首が固い状態では準備が不十分です)

 

喉の裏は床に向いた状態で、胸の後ろから腰までを長くするのは、むずかしいものです。
パンデミック以降の生活で座っている時間が長くなったと言っている人の多くが、このアーサナで苦しむようになっているのを、よく目にしています。わたしもそうです。

 

さらに ──

ヨガのアーサナのなかには柔軟性や筋力による難易度だけでなく、視点の位置が変わることで体内の指示系統が混乱しやすくなる難易度があります。
このアーサナにもその要素があって、写真には写っていませんが、当人は左右の手をにぎって手首や肩甲骨を中心に寄せています。また、膝で耳を押す行為も、左右から中心に寄せる行為です。


手首と肩甲骨と膝のベクトルが( → ← )左右から中心へ寄せる状態。
そして、顔は天井に向いています。顔と尻の骨が同じ方向を向き、でも目線は鼻先。
この目線につられて背骨の下部が丸まりやすくなるのが、トラップといえばトラップです。
カルナ・ピダーサナは、頭で整理しようと思えば思うほど、内部で混乱が起きやすいポーズのひとつです。

 


それでも身体というのは練習で賢くなるようにできている。お腹を薄くする呼吸で背骨のすき間まで意識しながら内観を続けていくと、これらのことが自然に導かれていきます。ほんとうよ~。
「も、もしやこういうこと?! こう?!」「これかー!」「たぶんそれよ」「ほんとだわ!」という回路と回路の合同ミーティングと、練習のなかで起こる発見が楽しい。

体内ワールドの内観の旅は、分け入っても分け入っても青いマウンテン!

ときどきすこんと抜けるような景色に出会ったときには、なんだか気が通った感じがします。

 

 

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