生き方のマインドが詰まった名作だなと思いました。この感想に、わたしのなかの100人のわたしが満場一致で賛成しました。そのくらい、生き方のマインド=死に方のマインドを教えてくれる、読了後にかつてない余韻をくれる本でした。
人生100年時代なんて言われるようになって、わたしも、ああなるほど人生は後半に近づく頃から少しずつ人の死に方を知る機会を得て、その過程で個人の中に宿る「なにか」をリアルで目撃していくのだな。その場として病という出来事があるのだなと、そう認めはじめています。
人のからだを戦場にして行われるのが、生と死の争いである。
この小説の第十二章にこんな一行が出てきます。
この本を読むと病院が甲子園に見えてきます。監督やコーチ、チームメイト、応援してくれる同胞や家族がいたりいなかったり。この時代(昭和40年)には「付添婦」という職業があって、男女の職種がはっきり分かれ、超・野球部のマネージャーみたいな立場の人が家族のいない患者や、家族がいても頼れない患者を支えています。
ドキュメンタリーのように、いろんな立場の人の心情が鋭い言葉で語られます。その会話の相手の組み合わせと内容がどれも印象的で、すべてを覚えておきたくなりました。
全部覚えておきたい気持ちで読んだので、一般的な厚さの文庫本なのに、読むのに4ヶ月かかりました。
病院では、重く病む人ほど、自分より重く病む人の情報に敏感と書かれていました。病を持つ人の猜疑心のありようが事細かに容赦なく書き尽くされていて、トルストイの『イワン・イリイチの死』を思い出しました。
病院で働く人たちの心情も、細かい描写が淡々とたくさん出てきます。
姿が見えなくなってこりゃ死ぬ気かもなと思いながら患者を探す人や、自分の患者が山場かもなと思う日に帰宅後ガツンと呑んでサクッと寝る医師など、いろんな瞬間が書かれています。
なかでもわたしは、職場の女性同士の会話が好きです。働き者の付添婦さんの更年期症状に婦長さんが気づいて、「あしたちゃんと診てもらいなさいね。そして軽く乗り切っちゃうのね。」と言います。このあとの付添婦さんのセリフが落語のようにテンポがよくて、立て板に水でおもしろくて、せつなくて。
仕事も家族関係も資金も問題ないという人はひとりも出てきません。
女性の心情の描かれ方は、いまの時代に読むと指摘が辛辣です。
だけど、だからこそ沁みるし、がんばろうという気持ちが引き出されます。
いい本を読みました。