”コージー” にうとい生活をしてきました。
英語のcozyが「心地よい」という意味であることくらいは知っていても、思い浮かべるのはシュークリームだけ。
・・・だったのですが、先週突如「コージー・ミステリー」なるものにハマりました。
スイーツ屋さんを経営する女性が町の事件を次々解決していく『パティシエ探偵ハンナ』というシリーズものです。
Youtubeで4話公開されていました。
▲これです
コージーとミステリー組み合わせるのってすごくない?
ミステリーなので人が殺されるのですが、「んっぱ〜ら んっぱっ♪ んっぱ〜ら んっぱっ♪」と呑気なBGMが頻繁に流れます。
「おい、人が死んでるだぞ!」と突っ込みたくなるテンポの良さで話が進みます。
そして観ているうちに感覚が麻痺し、その町で生活している人々のキャラクターに魅了されていきます。
画面がとにかく清潔でほのぼのしていて、毒々しい会話がありません。
揉め事もわかりやすくピリピリしていて、そこに陰湿さはありません。
まるでシルバニアファミリーの中で殺人事件が起こるような世界観。
だけど最初のうちは、みんなが怪しく見える。
"低ストレス" というジャンル
ちなみに『あつまれ どうぶつの森』は、コージー・ゲームというジャンルなのだそう。
コージーというのは「低ストレス」という意味で使われ、心理的安全性が保障されたドラマみたいな感じ。
グロさも怨念もない。エロもない。安心して楽しんで♪ というドラマだけど、殺人事件。
一見矛盾するのだけど、見ていて気がついたのは、何か問題が起こらないと人々の個性や背景を提示するコミュニケーションって生まれないんですよね。
キャラクターを知っていく、人間関係を描くプロセスとして殺人事件が機能してる。
事件としての整合性とかコミュニケーションの礼儀とか、そういうことはひとまず置いておいて、とにかく人間が交流して元気になる様子を描いてる。(人は死んでいるのだが)
昨今のコージー・ミステリー・ブームはフランスの『アストリッドとラファエル』という作品が火付け役なのだそう。
そして「ジェシカおばさんやミス・マープルもコージー・ミステリー?」と思ったら、あれはコージー・ミステリーの元祖みたいなものらしい。
知らなかった〜
* * *
これまでこういうことは考えたことがなかったけれど、長い人生の日常で起きることは、事件ではないけどそれなりに乗り越えなければいけないことがあって、心の中では事件なんですよね。
いろんな人と小さく助け合ったり励ましあったりして、なんとか今日がある。
日々感じている小さな感情のエッセンスを塊にして共感対象として出していくのに、「殺人+ほのぼの」は最大公約数的なテンプレートとして機能する。
なんとなく観たらいつの間にかその世界に引き込まれていました。
こんなふうに日常を明るく乗り越えたいと思っている自分の潜在欲求に気づきました。