森鴎外記念館（東京都文京区）

ここ数ヶ月で森鴎外の小説をいくつか読んだので、千駄木駅近くにある森鴎外記念館へ行ってきました。この近くに住む友人に声をかけて。

一緒に行った友人は『舞姫』『ヰタ・セクスアリス』を昔読んだことがあるようで、森鴎外が若い頃の写真や発言を見ては「ちょっとなに！　こんなこと言ってる！」とか「こんなポーズとっちゃって〜」と、ツッコミが止まりません。

なかでも、森鴎外が40歳を過ぎてから再婚した妻が美人なのを友人に冷やかされた手紙への返信に

「好イ年ヲシテ少々美術品ラシキ妻ヲ相迎ヘ」

と書かれている展示の場所では、ちょっとヤバいこれ……と友人に呼ばれ、ふたりで地蔵になりました。動けない。

この記念館は見せ方がすごくわかりやすくて、問題発言部分に赤い矢印がついています。
「美術品とか言ってる！」「しかも事前に年の差を自慢＆自虐してからの、美術品w」と、ついつい不謹慎なモードに入ってしまう。

森鴎外の字がものすごく几帳面で、手書きなのに印刷物のように見えるのも驚きでした。ありがたい金字写経を見たときと似た驚きです。
わたしはその美しい字を見て、なんだか従僕根性を刺激されるわ〜、これだけで好きになってしまいそう……と内心思っていたのですが、友人がすかさず「わたしこの人と絶対一緒に住めない。いちいち神経質でしょこれ」ときっぱり言っていて、さすが！　と感心しました。現代の人だ。頼もしい。

ほかにも、書簡の中の石川啄木の手書き文字がめちゃくちゃポップで、そのままデザインフォントにしたくなるくらい魅力的なのも大発見でした。
「働いても働いても楽にならない」とか言ってじっと手を見つめてた人の手で書かれた字とは１ミリも思えない。このひと絶対ギャグマンガ描くタイプでしょ！

会場には『青年』の序盤で主人公が地図を見ながら歩いた都内の場所を、当時の地図にマーキングされた状態で展示してあったり、たまたま写り込んでいたであろう動画の中の森鴎外に「これ！この人、森鴎外ですー」と歩く様子の見える映像があったり（なんか少しストレートネックな感じで歩かれてました）、そんなに大量の展示じゃないのに、ひとつひとつがおもしろい。
偉人として奉る展示ではなく、とにかく森鴎外の作品世界と人物像に近づける資料を集めました!!! という構成。

いや〜。それにしても、おもしろかったな……。
森鴎外がドイツでダンサーに入れ込んでた時代の、男子３人で撮っている写真のポージングなどは、な、なにっ?! というくらい、雑誌『 MEN’S EX』の表紙のような気取りかた。この人たち instagram があったら絶対10回も20回も撮り直しして加工もして奇跡の一枚作るでしょ！　というくらい、イケイケでウェーイな自我が炸裂してる。

わたしはこの夏に小説をいくつも読んで感動して、けっこう真面目なモードで行ったのです。なのに、まったく想像と違う気持ちで帰ってきました。この記念館の敷地に大豪邸があり、馬でご出勤されていたのもすごい。このマイホーム（馬つき）を30歳で持っているサクセスっぷりは、まぶしすぎる。

ここへきてみたら、自分がなんで夏目漱石に惹かれるかがよくわかりました。森鴎外は、夏目漱石のように幼少期にたらい回しにされたり居場所がないと感じるような思いをしていないようなんです。お父様もお医者さんで、自分もお医者さん。とにかく優秀で有能で、権威ある任務に引っ張りだこの、期待され続けた人。
それにしても、なんかヘンな人だな・・・、という印象だけをごっそり持ち帰ってきました。

そして、帰った後も・・・

友人が記念館で見て気になったことを調べて教えてくれて、夜な夜なチャットで盛り上がりました。
会場で大きな家系図を見ながら、森鴎外の子供の名前が、なんか変というか、今でいうキラキラネームも混じっていて、気になっていました。
＜長男・於菟（おと）、長女・茉莉（まり）、次女・杏奴（あんぬ）、次男・不律（ふりつ）、三男・類（るい）＞

中でも、次男の不律という名前に「こんな名前つけるか？」と会場でツッコんでいたのですが、後で友人が「あれはたぶん、フリッツ」と言ってきて、だからってその漢字にしなくても……ともう一度思ったりして。
フリッツは百日咳にかかって安楽死をしていて、その経験から『高瀬舟』が書かれたそうなのですが、実際の森家の安楽死事件は『高瀬舟』以上に重い話でした。
わたしは『高瀬舟』を読んだ時に、目撃者の「婆あさん」の書かれ方のあっさりした感じや情のなさが妙に引っかかっていたのですが、その存在感に作者の母親が重なっていたのだとしたら、妙に納得できてしまう。ま、それも勝手な想像なのですが。