ここ数年、有吉佐和子作品をこつこつ読んでいます。視点も構成も文章も取材力も、やっぱり群を抜けてる。
幼少期をインドネシアで過ごし、戦前戦後の日本をちょっと離れた視点で見ている感覚も独特です。
12歳で日本に帰ってきて日本の家が木でできていることに驚いたり、故郷の川と比較して戦争直前の隅田川が汚く匂いも強烈なことを記憶していたり。日本の昭和の興味深い出来事が書かれていました。
中年期に病気がちになってからも、自分へ向けられた扱いをすべて学びに変えようとする思考と姿勢は変わらず、ものすごい取材欲。ボヤいているようなトーンの話も背景までしっかり説明してくれるので、いちいち勉強になります。
この ”いちいち読者が勉強になるように書く律儀さ” が一貫していて、仕事に手が抜けない人なんだな、って感じがする。
海外での経験談もユニークで、特に小澤征爾さんと中国の北京でランチ一緒に摂るようになった時の話が興味深い内容でした。
何ヶ国語も話す穏やかなバイオリニスト(投獄経験者)と知り合い、文筆の作家だけでなく音楽家など多くの文化人が文化大革命で投獄されていたことを知った話も印象に残りました。
染色工芸家の芹沢銈介さんとの話も収録されていました。
『紀ノ川』『地唄』などの文庫カバーのデザインを手掛けられた縁なのだそう。
有吉さんを相手にして話す芹沢銈介さんのお話が素晴らしく、手法の懐古主義に陥らずポジティブに変化を再解釈する知恵が詰まった話でした。
この本を読んだら、有吉佐和子さんがわたしの母親世代の女性たちに絶大な人気がある理由がよくわかりました。
3つ抜き出して紹介します。
嫁と姑の争いのほうが、男同士の慾の争いよりも純粋
華岡青洲の伝記を嫁姑の立場と行動にフォーカスして書いた背景として、こんな気持ちが明かされていました。
同じことが社会に出た男同士の間ではもっと日常的に起こっているではないか。社長、あるいは部長という一つの椅子を争って二人の男とそのフォロワーたちが権諜術数の限りを尽くすのは、会社員なら誰でも顔を顰めながら見たり聞いたりしている筈である。(中略)彼らは手段を選ばないし、節度さえ失って、権勢慾、金銭慾、名誉慾の亡者となって取乱しているのだから。これに較べて嫁と姑の争いは勝ったところで何の代償が与えられるわけのものではないのだから、ずっと純粋だということができるだろう。
(本を語る/嫁姑の争いは醜くない より)
医療の話なので、男性社会で成功した華岡青洲の話も大なり小なり『白い巨塔』みたいな要素が入ってきちゃう。
そういう要素を取っ払って ”専門職×家” の歴史を伝える素晴らしい設定だったなと、あらためて思いました。
女性の気持ちの解放のリアル
文壇からもメディアからも才女扱いをされていた有吉さんが銀ブラを楽しむことについて、「大学を出て、小説でも書こうというインテリの態度じゃない」と言われた後の思いの主張も良かった!
植民地的だと銀座を慨嘆する憂国の士に、私は御苦労さまですと云いたい。大胆なデザインのまっ赤なブラウスや三寸二分のハイヒールは、銀座以外の場所では浮上って徒らに他人の好奇心の的になるだけだが、そんな格好をしてみたい欲望は、実はどんな女の中にも潜んでいるのだということを私は知っている。まあせめて銀座で、思いきった格好をさせて下さい、女が大胆な服を着るのは道義の頹廃を現わすのではなく、着ている人自身がめそめそした気分をふっとばすのに最も効果的なのだから。
(いとおしい時間/私の浪費癖 より)
銀座でくらい、自分のために好きな服を着させてくれよと。
カトリックへの正直な感情
実はカトリックの洗礼を受けていることを知られたくなかったのだけど小説に書いたらバレちゃったという話では、こんなことが書かれていました。
人間から嫌われる人間が、カトリック信者の中に比較的多いのは、他人との共同生活というものを性格的に嫌う人が、神と二人っきりになる味を好んで信者になっているからだろう。私のように人間が好きで好きで、種々様々の性格がからみあう人間社会で苦労することまで楽しいと思える人間には、そんな信者の多いところでは息苦しくってかなわない。
(いとおしい時間/預かり信者の弁 より)
※本文には「味」のところに強調点がついていました
これは、わたしがインド経験をアピールする日本人ヨガコミュニティに近づかない理由と同じ。
* * *
読みながらとにかくたくさん付箋を貼りました。ここ数年、映画『紀ノ川』をきっかけに和歌山にハマっていることもあって、著者の生まれ故郷の話に吸い寄せられます。
映画で観た祖母・母・娘の関係がそのまま有吉さんの人生と重なっていることがわかる話が多く、自由主義でのお母さんは女性だからといって娘に家事を仕込むようなことをしなかった。だから家庭的ではない、家事は苦手だというスタンスもカラッとしていていい。
日本への複雑な憧れから伝統や歴史に興味があり、探究心がとにかく旺盛。
いくつも書きたいテーマを持っていて、千利休の話をいつか書こうとしていたようで、読めないのが残念です。
有吉解釈の千利休、読みたかったな。
<余談>
中国での食事の話題に出てきた「三不沾」という北京料理が気になって検索したら、動画でその調理の様子を見ることができました。
思わず最後まで見てしまいました。こりゃあすごいものです!
