うちこのヨガ日記

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インド医学概論 ― チャラカ・サンヒター 矢野道雄 訳・解説


アーユルヴェーダの古典医学書「チャラカ・サンヒター」の訳と解説の本です。もうひとつ有名な「スシュルタ・サンヒター」というのがあり、こちらは外科的治療法についても詳しく述べているそうですが、「チャラカ・サンヒター」は外科にはほとんどふれていない内容です(これら二書は互いに引用・言及することはないそうです)。ヨーガ・スートラ同様、ある個人がある時期に筆を執って書き下ろしたものではなく、改編を続けて文献としての体裁が整えられたもの。


設定としては

  • 医師チャラカによって改訂*1された教説*2
  • 説法する尊者アートレーヤ(別名:プナルヴァス)
  • 質問する弟子アグニヴェーシャ*3

でお届けします。という形式。
この弟子がの投球がたいへんおもしろい。ギーターのアルジュナのような質問駄々っ子ボーイでもなく、ただ横から進行上のあらすじ補足や要約をするだけのサンジャヤとも芸域が違う! この構成で、「朝まで生テレビ」みたいなことができるんです。インド哲学各派の賢人がゲストインする回(第25章)があり、この展開には本当にびっくりしました。


全30章それぞれが、おもにはこんな構成になっていまして

  1. この章ではこんなことを語るよ、宣言(第1&2節はこれに割かれる)
  2. 医学的ノウハウ羅列(たまに「ここでこんな詩節がある」と中断する)
  3. シメにちょっとした詩節紹介&まとめの小話

「医学的ノウハウ羅列」の前後に多くの引継ぎ・引用が登場します。六派のなかでは論証学のニヤーヤ学派・ヴァイシェーシカ学派と親和性が高いようですが、サーンキヤもかなり登場します。ヨーガはちょびっとです。四大ヴェーダの引用では『リグ・ヴェーダ』はもちろんですが、『アタルヴァ・ヴェーダ』に沿うものが多いそうです。(「アタルヴァ・ヴェーダ」をまだ読んでいないのでそのへんは体感ではまだわたしはわからない)冒頭の解説には「マヌ法典とも相通ずるものが多い」とあり、たしかに医師の職業倫理観の記述などは親和性が高いと感じました。とにかく六派哲学とのからみを楽しく読んだので、それを強く感じられる第25章を後日個別に紹介したいと思います(⇒しました)。



以下は正式な目次ではなく、わたしが上記「各章はおもにこんな構成」の1と3のなかから拾い上げた語による目次です。目次がなかったので、自分の便宜のためにここに書いておきます。

  • 第一章:「長寿を欲しつつ」という言葉で始まる章
  • 第二章:「アパーマールガ*4の種子」で始まる章
  • 第三章:「アーラグヴァダ云々」で始まる章
  • 第四章:「六百種の浄化剤とその基体云々」の章
  • 第五章:「適量を食すべし云々」で始まる章
  • 第六章:「人が食べたり飲んだりしたもの」という言葉で始まる章
  • 第七章:「生理的衝動を抑圧してはならない」という言葉で始まる章
  • 第八章:「感覚機能の検討」に関する章
  • 第九章:医療の四本柱に関する短い章
  • 第十章:四本柱に関する大きな章
  • 第十一章:三つの願望に関する章
  • 第十二章:「ヴァータの諸機能」という言葉で始まる章
  • 第十三章:油剤に関する章
  • 第十四章:発汗法に関する章
  • 第十五章:「準備しておくべきもの」に関する章
  • 第十六章:「優れた治療を行う」で始まる章
  • 第十七章:「頭部の病気は何種類あるか」で始まる章
  • 第十八章:三種の腫れ物に関する章
  • 第十九章:八種の腹の病気などについての章
  • 第二十章:病気の分類についての大きい章
  • 第二十一章:病気の分類についての大きい章
  • 第二十二章:好ましくない特徴をもつ八種の人間についての章
  • 第二十三章:ランガナとブリンハナについての章
  • 第二十四章:サンタルパナについての章
  • 第二十五章:人間と病気の由来についての章
  • 第二十六章:アートレーヤとバドラカーピャなどの聖仙たちの議論に関する章
  • 第二十七章:飲食物の規定に関する章
  • 第二十八章:「様々な飲食物」という言葉で始まる章
  • 第二十九章:十の生気(プラーナ)の拠り所に関する章
  • 第三十章:心臓に根をもつ十の大脈管に関する章

内容よりも構成萌え。
身体哲学書という視点での感想なので、引用紹介は厳選してここにします。

<第四章「六百の浄化薬云々」 の終盤より>
(この章は600種の浄化薬について述べることになっており、さんざん細かく述べたあとで)

このように述べた尊きアートレーヤに、アグニヴェーシャは言った──。
「尊きお方よ、それら(すべてを合わせても)五百(という数)を満たしておりません。なぜならば、あちこちの主要薬物群のなかにあれこれ(の薬物が)構成要素として共通に見出されるからです」(21節)。
尊きアートレーヤは彼に(答えて)言った──。
一つのものでも、異なった作用を行うと、異なった術語をもつ。たとえば人間は、多くの行為を行うことができる。その人間があれこれの行為を行うと、それぞれの行為の、行為者・道具・結果に関連があり、それぞれの特徴を示す、固有の呼称で呼ばれる。薬物もそれと同様であると考えるべきだ、また(逆に)もしたった一種の薬物が、すべての作用を行いうるような特徴を備えていて、そのような薬物をわれわれが手に入れることができるのであれば、いったいだれが、それ以外の薬物を覚えたり生徒に教えたりするであろうか(22節)。

このコメントを引き出すアグニヴェーシャ……、デキる部下すぎる!
細かすぎる楽しみ方かもしれませんが、これまでいろいろ読んできた中で、個人的には「パラッパ・ラッパー」「ベスト・キッド」「スター・ウォーズ」のグル弟子形式をわかりやすく踏む「ゲーランダ・サンヒター」がベスト・ワンだったところに、すごいのキターという感じです。


最後にまじめに感想を書くと、インド六派哲学を学んでいくには何十年もかかると思いつつ、「ニヤーヤ学派」「ヴァイシェーシカ学派」の教義に身体側面から近づけたのがよかったです。



▼「チャラカ・サンヒター」について、いくつか書きました

*1:紀元後1〜2世紀に終わっていたとみなされる

*2:彼の死後、残りの改編をカピラバラの息子ドリダバラが行い、紀元後500年頃と考えられている

*3:そのため「アグニヴェーシャ・タントラ」とも呼ばれる

*4:「薬草の王」として『アタルヴァ・ヴェーダ』4-17,7-65で讃えられる。章を縁起のよいものにするためであろう、とこの本の注釈にある