うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

老年の価値 ヘルマン・ヘッセ著 フォルカー・ミヒェルス(編集) 岡田朝雄(翻訳)

ヘルマン・ヘッセが長生きしたことを意外と感じてしまうほど、"メンタル繊細系" にカテゴライズされる作家には長生きしないイメージが付きまとう。ヘルマン・ヘッセはみごとにそのイメージを覆している。すばらしい。おまけにいつまでも少年のようなその姿の写真もたくさん残っている。息子のひとりがカメラマンで、センス溢れるおしゃれな写真がたくさん残されている。
ヘルマン・ヘッセの小説はまだ一冊しか読んでいないのだけど、世界戦争の時代にこういう考えを大切にもち続けながら小説を書いた人がいたことを知ることは、サン=テグジュペリの「人間の土地」を読んだときの驚きと少し似ていました。
ヘルマン・ヘッセは戦争時代を生き延びたドイツの人。人間の尊厳とエゴに向き合う背景・状況はかなりきつい時代。わたしはたまに戦後の日本の人たちの妙な高揚感について考えることがあるのですが、ヘルマン・ヘッセの短い文章の中にこんな一文を見つけました。

すべてがスムーズに運ぶように配慮された団欒の雰囲気を味わいながら、戦後の人間のもつ、喜びに輝き、難しい問題を嫌うあの楽観主義がみちあふれていた。
(「冬の休暇」 1928年より)

この部分を読んで、わたしが「戦後の日本の人たちの妙な高揚感」に目が離せないのは、難しい問題を嫌う独特の勢いとその遺伝のようなものに怖さを感じるから。人間の尊厳の境界に近づく話題を積極的に避けていくことを是とするあの勢いが怖いのです。


ヘルマン・ヘッセはこんな言葉も残しています。

賢明になって自分の時代と個人的な問題を脱却した人間ほど崇高な形姿はありません。
(1949年 クルト・ヴィートヴァルト宛の手紙から)

「自分の時代」だけでもだめだし「個人的な問題」だけでも片付かない。人生の片付かなさをこんな短く希望のある一文にしてしまう。


この本は「老年」というタイトルがついていますが43歳頃の文章から始まっています。デミアンを発表した後くらい。編者のあとがきのなかにあった、50代のヘルマン・ヘッセの要約に以下のように書かれていました。

 危機に遭遇するたびに若返ってゆく意識と、身体の衰弱とのむなしい闘いについて、ヘッセはあまりにもなじみすぎていた。「五十代の男」である彼は、一方では療養を必要としながら、一方でははげしい生への渇望に駆り立てられて、生涯ではじめてダンスのレッスンを受け、夜ごとに仮装舞踏会に行く。が、同時にこのような逃避の無益さをとっくに見抜いていた者のブラックユーモアをもって、自分自身を観察している。
(編者のあとがき より)

この自己観察が、すごい。どの文章を読んでもすごい。ここまでドライに事実を見ながらよく生きられたなと思うほど。


ヘルマン・ヘッセ自身は少年の頃から感情と思想の一致があったのではないかなと思うのですが、若い頃にはわからないこととして以下のように書いている文章もありました。

自然のひとつのささやかな啓示の中に、神を、精霊を、秘密を、対立するものの一致を、偉大な全一なるものを感じるためには、生の衝動のある種の希薄化、一種 の衰弱と死への接近が必要なのである。若者たちもこれを体験しないわけではないが、ずっと稀なことはたしかである。若者の場合は、感情と思想の一致、感覚的体験と精神的体験の一致、刺激と意識の一致がないからである。
(「運動と休止の調和」 1952年『四月の手紙』から)

回数は少なくても、若い頃からこの一致を記憶していられたから、あんな小説が書けてしまうのかな。


この本には読者から人生相談の手紙がたくさん来ること、それに対する本音と掘り下げもありました。読みながらガンジータゴールの文章に似たものを感じました。こういう文章を残してくれることが、長生きしてくれてありがたいこと、その言葉を消費するわたしの側から見た「老年の価値」であるなと思いながら読みました。

 

老年の価値

老年の価値