うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

言語の社会心理学 伝えたいことは伝わるのか 岡本真一郎 著

先に「悪意の心理学 - 悪口、嘘、ヘイト・スピーチ」を読み、まさにわたしが知りたいと思うことに言及されている! という気持ちから、この本も読みました。2冊の内容がなるべく重複しないように書いたそうで、この本では「伝達」にまつわるさまざまな発生パターンが説明されており、いままで漠然と自分で気をつけてきたことの「気をつけたいと思った理由」に近づけたように思います。

 なかでも第4章にあった栄光欲と汚名回避という自己呈示と「バランス理論」は、あるなぁと思うものでした。聡明な人がプレイボーイと結婚すると聞いたときのマインドなどは、これにあたるなと。


第5章にあった、「どんなにうまい皮肉でも批判をひねって表明している以上は不誠実性の一つと考えることができる」という指摘は、わたしがかねてより気になっていたことでした。インド思想の説法にはかなりエグい皮肉からの展開が少なくないからです。エゴの深いところ迫っていくためそうなるのだと思いつつ、少しひっかかるのです。ただそれが不誠実な感じがするからという理由なのかというと、100%そうでもない。無粋さへの抵抗かもしれません。


第6章にあった「聞き間違いによる誤解」も、かつて何度か考えたことを思い出させるものでした。30デシベルになると聴き取り率が下がるということが書かれていました。声が小さくて相手が意味を理解できず反応できていないのに自分の話を受け止めていないだろうと先回りして悲しむ癖のある人や、相手が老人で耳が遠くなっているために声が大きいのを威嚇と捉えてしまう人は読むと安心できそう。後者でわたしはかなり苦労しました。


「透明性の錯覚」も、思い当たることが多々ありました。「透明性の錯覚」は、自分の感じていることや考えていることなどが、実際以上に相手に分かっている、と推測する錯覚だそうです。わたしは、このブログをずっと読んでいたといってくださる人と話すときに、たまにそれを見ます。だいたい話しているうちに気づいてくれるのでよいのですが。


この本を読みたいと思った最大の理由は、その前に読んだ本で「情報のなわ張り」という概念について説明してくれていたこと。これはまさに、その人の義務の領域なのに主体性を不明確にした話しかたをする人や、他人が主体的に行っていることについて関係者風情で話す人(いわゆる「アレオレ詐欺」)をわたしが嫌ってしまう理由そのもので、これだと思ったのでした。
自分でも何度も読み返したいので、引用します。

 自分の「なわ張り」のことは明確に、ただし「なわ張り」を広げすぎるな
 敬語以外の配慮として「情報のなわ張り」ということを述べた。つまり、自分よりも聞き手のほうが関与権限が大きい内容は、口にするときに間接的で曖昧な表現を用いる。そうしないと、相手にずかずか踏み込んだような印象になる。逆に話し手のほうが関与権限が大きければ、直接的な表現を用いるべきである。それによって、関与している情報に対する責任を示す。
(終章 伝えたいことを伝えるには? より)

具体的に、いくつか例があげられています。学校の先生が近所の人と話すときに断定口調をつい使ってしまうことも、癖がもたらすなわ張りのマイルドな侵略。ケガをしている人にポジティブな励ましをしたくても、ケガをしているのはその人だから断定口調は避けなければいけない、というのとも似ています。
この本では、序盤で「情報意図」と「伝達意図」を切り分けて意図の介在の度合いを紐解いていくものの見かたを教えてくれます。中身が間違っているけど伝えたかったのだろう、というような伝達を受けたときに、やさしい理解が発動するかしないかが精神の健康をあらわすな…と思いながら読みました。伝達意図が先走って情報意図が雑なものを受けたとき「とりあえず縄張りを広げておきたいんだな。せこいやつめ」と思うか「この人はいま、不安なんだな」と思うか。わたしのコンディションにも幅があるのです。


この本は収穫が多くて、言語哲学者のグライスが提唱したという「会話の協調の原理」が紹介されており、「格率」という考え方を知ることができました。「格率」というのはもとは哲学者カントによって「主観的に妥当する実践の原則」を意味するものとして用いられたものだそうですが、むずかしいことは抜きにして、以下を知ることでかなり


 場と条件と事前共有事項の関係認識不足によって、
 相手がマイナスの想像をしたり
 失礼と思われることをやらかしてしまう


という事故が減らせそうです。こういうこと、小学生のときに習いたかったよ…。


グライスの「会話の協調の原理」の説明箇所を引用します。

会話のそれぞれの段階で、自分が携わっている話のやりとりの目的、方向として、その場の人たちが受け入れているものに従うように、会話に貢献せよ。

 【1】量の格率:過不足なく情報を与えよ。
 【2】質の格率:偽りと分かっていることや適切な証拠のないことは言うな。
 【3】関係の格率:関連性を持たせよ。
 【4】様式の格率:不明瞭な表現を避け、曖昧さを避け、簡潔にして、また、順序立てよ。

こうした原則や格率がある、と仮定することで、発話に明示されていないことが推意として伝達されるとグライスは考えた。

 
ここまで考えたら何も話せないと思うかもしれないけれど、こう考えようとするだけでデマがかなり減る。【2】だけでかなり減るし、【3】で週刊誌の末尾にあるような(関係者談)も減る。わたしはどうにも他人の不幸を待っていたとしか思えないようなニュースの文面に辟易することがあるのですが、1~4が全部NGなものもたくさん垂れ流されている社会で暮らしているんですよね。
そりゃ日常会話にも侵食してくる。

 

言語の社会心理学 - 伝えたいことは伝わるのか (中公新書)

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