うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

すべて忘れてしまうから 燃え殻 著

わたしはどうして今、こういう生活をしているのだろう。いつの間にこんなに草色の生活を送る人間になったのだ。どうした。
この本を読んだら、これは年齢のせいではないことがわかった。わたしは「エモ」を退けたのだった。
著者は同世代なのに、ぜんぜん草色になっていない。青々としている。引っかかりだらけの仕事と日常をこなしている。そういう人の話はおもしろい。
夢中で読んだ。全部すごくよかった。

 

 

『これは約束と営業です』という話に出てくる、夜中に電話をかけてきて呼び出す人の描写でフラッシュバックが起こった。
午前0時に「もしもし。うっちー? 今どこ? 会社?」と馴れ馴れしく電話をかけてきた、かつて同じチーム(部署)だった先輩を思い出した。わたしと年齢は3歳くらいしか違わないのに社内エグゼクティブとの飲み会に勤しんでいて、バブル世代ってわけでもないのに不思議だなと思っていた。

 


午前0時は日付が変わるタイミング。当時わたしは時間設定をしたコンテンツが間違いなく表示されているか、マイナーなブラウザで崩れていないを確認するのも仕事に含まれていて、何時構わずメールが来たり電話がかかってくるなら、ずっと会社にいたほうがすぐに対応できていい。

その頃は家で確認すればいいように環境を整えてもらっていた。わたしはその日、自宅のパソコンの前で待機していた。そこへかかってきたのが、その馴れ馴れしい電話だった。

 

 

その人は「彼女なら、わたしが呼べば来ますよ」をやろうとしていた。

「わたしは同性の後輩にも慕われている」をやろうとしていた。今だと考えられない感覚だけど(だからブルゾンちえみさんのキャラが笑いになった)、20年前はわりとあったことだ。
「いま時限設定の画面確認中なんで」と言って電話を切ることができたのは、もう同じチームではなかったから。「じゃ、そのあと顔だして〜」と言われたら翌日にメッセージを送らないと不義理な感じになるから。取り込み中であることをアピールして電話を切った。こういうのは "リズム感” が大切だ。


週末は社内エグゼクティブのホーム・パーティに駆り出される職場だった。わたしはそれに一度も参加したことがないことを密かに誇りにしていた。
週末だけでいいからとヨガのティーチャー・トレーニングに誘ってくれた先生に感謝している。それがなければ、週末のイベントの誘いがあるたびに自尊心を削って、おかしくなっていたんじゃないかと思う。社会を、世間を、この国を恨む人間になっていたかもしれない。

 


でもそんなことも、このエッセイを読むまですっかり忘れていた。覚えておく必要がなかったから。
わたしはそこを抜け出して、草色の生活をゲットした。ゲットしちゃったのだ。そうだそうだ、そうだった。だけどその前は、全然そうじゃなかった。

 

—— というような回想エピソードが30個くらい掘り起こされる本だった。
まるで同僚の話を聞いているみたいで、読むのをやめられなかった。

 

 

この本を読む直前の週末に、20代の頃に親しくしていた元同僚を総武線の同じ車両で見かけた。さっきの先輩と働いていた会社よりも、さらに一つ前の職場の同僚。
同じ駅で乗って、別の駅で降りた。プラットホームでその人がこちらへ歩いてくるときに視線を感じたのだけど、相手の髪の色や服装がやや個性的で、条件反射的にわたしは自分の気配を消した。
その、なんかちょっと怖く感じたその人が、よくよく見たらかつて親しくしていた同僚だった。
後ろから見た彼女の脚の形と、一緒にいた男性の顔でわかった。その男性も当時から知っている人だった。
少し迷ったけれど、声をかけなかった。わたしはわたしで、久しぶりに会う友人と一緒にいたから。1分後、次の駅で人がドカドカと出入りしたときには、もうそのことは気にかけなくなった。

 


その元同僚とよく一緒に行動していた時代のことが、このエッセイに多く登場する。
彼女の愛読雑誌が週刊SPA! だったことをふと思い出した。わたしがコンビニで TV Bros.を買っていたら、「わたし、実はSPA! が好きなんですよね・・・」と言いながらSPA! を買っていた。

 


このエッセイは「週刊SPA!」の連載をまとめたもので、著者のお母様は「この週刊誌、買いにくいわぁ」と言いながら買っているらしい。
エッセイの中では、クラッシュギャルズが出てくる話が強く印象に残った。わたしも彼女たちに励まされていたけど、そこで行われていた髪切りマッチは異様だった。そういえば元同僚とも、クラッシュギャルズの話をしたことがあった。どうでもいい話をたくさんした。

 


あのとき声をかけなかったけれど、歩いている彼女の姿を見ることができてよかった。

この本を読んでそう思った。