うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

カルカッタの殺人 アビール・ムカジー著 / 田村義進(翻訳)

歴史ミステリーってこんなにおもしろいの…。というくらい、まるでドラマの「相棒」を見るかのように楽しめる。舞台がコルカタ(旧:カルカッタ)で、出てくる人がイギリス人とアイルランド人とインド人とそのハーフと…。しかも事件の起こる時代はローラット法の制定された1919年。ガンディーのサッティヤーグラハの熱がインド中に広がっていく、まさにそんな年。

インド旅行中にヨガの聖地で知り合うインド人は、ヨガとインドにあこがれを持つ日本人向けにそういうインド人像だけをフィルタして演じて(?)くれる。でもわたしがはじめてヨガを習った日本在住のインド人ヨガ先生はベンガル語・英語・日本語を雄弁にあやつるコルカタからやってきた人。ぜんぜんそうじゃない。その後も何名かのインド人ヨガ先生と交流しながら、なんでこうも違うのだという謎があったのだけど、この小説を読むことでいっきに解けました! そっちの謎が解けちゃった。

 

インドは同じひとつの国でも、東西南北で全然違う。この小説は東インドのあれこれを魅力的な登場人物が語って見せてくれます。聞き込み調査や取調べのトークもいちいち興味深く、ときに感動したりして。第1章でイギリス人警部から聞き込み調査を受ける売春宿のオーナー女性の返答からして、いきなりおもしろい。

ここはカルカッタですから。百万のベンガル人は暇さえあれば革命を論じています。だから、あなたたちは首都をデリーに移したんじゃありませんの。うら寂しい不毛の地に住む従順なパンジャブ人のほうが、危険なベンガルの扇動家より、ずっと扱いやすいでしょうから。もっともベンガル人がみな議論以上の何かをするというわけじゃありませんけどね。とにかく、あなたのご質問への答えはノーです。不穏な動きや集まりはありませんでした。少なくとも、あなたたちが金科玉条のようにしているローラット法に触れるようなことはなにも起きていません。

カルカッタの人の当時の誇りがすごくよく伝わってきます。1913年にタゴールノーベル文学賞を受賞した数年後のカルカッタ。この女性はわたしのイメージだと冨士眞奈美さんにやってほしい役。あの女優さんはインド美人の顔なんだよな…。

 


ガンディーの活動に対する言及の口調も、同じ外国人ビジネスマンでも立場によって微妙に違う。この違いの描写もすごくおもしろいのです。

扇動家の三文弁護士がグジャラートからやってきて、数ヶ月にわたる小作争議を引き起こしたんです。地代を払わなかったり、藍の収穫を拒んだり…… "非暴力不服従" というわけだが、実際は恐喝みたいなものでね。
(第8章に登場するスコットランド育ちの実業家)

本当に問題なのは非暴力の教えなんです。表向きは "平和的非協力" と呼ばれていますが、実際は経済戦争です。イギリスの繊維製品の不買運動です。それが貿易に大きな打撃を与えている。わたしのところでも、昨年度の受注は全体で三十パーセント減になりました。ものによっては五十パーセントも落ちこんでいる。この状態が続けば、商売は夏までもたないでしょう。いいですか。これはベンガルだけじゃなく、国中で起きていることなんです。何より頭を抱えるのは、それに対して打つ手が何もないということなんです。服を買わないから逮捕するってわけにはいきませんからね。
(第14章に登場するアイルランド人セールスマン)

後者のアイルランド人セールスマンは、ロンドンでは半端者扱いを受けていたと話し、白人の優位性についてイギリス人と同じようには考えません。
こういうちょっとした雑談のやりとりのなかに歴史解説がいっぱいなのです。このように。

プラッシーの戦い以降、イギリス人がやってきたのは一貫して、インド人をつけあがらせず、イギリス人の指導や教育がどうしても必要なのだと思わせることでした。インドの文化は野蛮で、宗教はまがいもので、建築物でさえたいしたものじゃないと信じこませることでした。タージマハルをしのぐ大きさのヴィクトリア記念堂を、白い大理石で造ったのも、だからなんですよ。
(第14章より)

わたしはこの人の語り口、スタンスがとても気に入ってすっかりファンになってしまいました。そのくらい、この小説はすべての登場人物のキャラクターが立っています。ほかにも、ファンになった登場人物が何人かいます。

 


こんなことを語るイギリス人も登場します。

わたしたちはこの土地からすべてのものを奪いとり、自分たちの懐ばかりをうるおしているのです。わたしたちは神にそむきました。わたしたちは神に仕えるのではなく、富に使えているのです。それなのに、自分たちは略奪者としてではなく、保護者としてここに来ていると、みずからに嘘をついているのです。
(第25章より)

なんだかジョージ・ハリスンの映画を観ているようで…。

 

わたしはふだんミステリーを読まないのですが、かなり感動しています。これを読んでからスワミ・ヴィヴェーカーナンダの本を開くと、なんだか気の利く大人のような喋り方をする子役タレントを見たときのように心がチクッとする。雄弁さと賢さの裏にあるカルカッタの歴史が重すぎて。
こういう話をドラマを見ている感覚で読めるものに仕上げるなんて、すごい。しかもデビュー作なんですって。こんなにおもしろくインド近代史を学べるミステリーは初めてで、いま少し興奮しています。

カルカッタの殺人 (ハヤカワ・ミステリ 1945)

カルカッタの殺人 (ハヤカワ・ミステリ 1945)