うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

生かされているというフレーズについて(3)

少し前に2回「生かされているというフレーズについて」というタイトルで書きました。

今年はこういうことを、なんか考える年だったんですよね・・・。よくメディアで耳にする「生きづらい」「生きやすい」というフレーズの意味や使い方がわからなくて。

で、そういえば「生かされている」も、わからないなと。

 

 

初回は日常的に思ってきたことを書きました。


 

2回目はここ数年で、読書や映画鑑賞をきっかけに考えたことを書きました。

 

 

今回は現在のわたしが過去の自分を思って、今年振り返ったことです。

わたしは昔の日本のヨガの先生が本の中で語る「生かされている」という文字列を読んで、なんか重いな……と思いながら励まされてもいました。

 

ただ生きているだけでも、いろいろある。

それでもノリと勢いに流されず、依存物質に逃げ込まずに明るく前向きに歩んで行くにはどうすればいいか。

 

 

  *   *   *

 

 

「生かされている」は、わたしにはいまも大袈裟です。だけど戦争時代に働き盛りだった人には切実。その複雑なマインドの奥から形を変えて上がってくるメッセージが響くのはどうしてだろう。

いまになって、そんな疑問を抱いています。

わたしがヨガをはじめた頃にのめり込むように読んだヨガの大先生と、ことし伝記や小説、その言葉を読んだ人物を時系列で並べてみます。

 

 

* をつけた人物は入隊経験を語られています。

いまのわたしには、数奇な経験をしたヨガの先生の伝記と同じくらい、軍人として戦争体験をして「自分はこの方法で世界と日本を見る」という意志を立ち上げた * の人の話が沁みる。

「自分が生きて、仲間が死んだ」という葛藤を経た人が、「この肉体に乗って現世に魂を残す、自分の形」を打ち立ててきたのがわかるから。

 

ベルリンの壁ソ連が崩壊した頃は世界をよく知らなかったけれど、2001年の9.11事件は仕事をしているときに起こりました。あれからさらに20年以上が過ぎ、想像とは違う未来が現在になっています。

 

こんな角度から急に戦争は起こり、世界の繋がりかたも変化し続け、単純じゃない。ものの見かたが変わっています。捨て鉢になる理由なんていくらでも湧き出てくるのが世界のありさま。

長く生きていくって、こういうことを知る旅なんだなと、長く生きることの入り口を見た気がしているこの頃です。歴史とか倫理とか道徳がわかってくるのって、なんか中年からよね。(この話は、もうおしまいです)