先日読んだ「世にも奇妙なマラソン大会」の心理描写がとてもおもしろくて、さっそくもう一冊読みました。インド旅行の話です。
特定の魚を見つける目的を達成するための渡印で、学習する言語も準備もとびきり独特。その魚がいるという海のある地域で話される言語をしっかり学んだり、ほかにも現地でのコミュニケーションのために事前に手を尽くします。なぜそこまでするのか。
その逡巡メンタルの描写がどうにも「あるある!」で、行動的な人=いつもポジティブでアッパーというわけではないというのがすごくよくわかる。こういう描写がいちいち刺さる。
やる気を出さないほうが効果的──こういうのがいちばん困る。たとえ心身ともにきつくても頑張れば効果も上がる作業というのは、想像以上に楽しいし充実感がある。
だが、頭も体も使わずにただ待っているだけでは、徒労感ばかりが増える。徒労感が重なると士気が下がり、士気が下がると徒労感は増大する。
しまいには「オレ、何やってんだろ」とか「ほんと、オレ、ダメな人間だよな」とか、ろくでもない物思いに取りつかれ、しかもそれが正しい考えなものだからなおさら打ちのめされ、精神が一途に荒廃していくというのがお決まりのパターンである。何度も体験しているからよくわかる。とにかく、ほんとうにきついのは、「頑張れない状況」なのである。
(第一章 ウモッカへの道 より)
こういう心理をよく理解している著者は、何度かこの本の中で「一次情報しか信じない」と書いています。旅行記なんだけど、揺れる心や人の弱さに気づくタイミングがいちいち鋭い。
ここも唸りました。
やっぱりインドになんとか入国するしかない。何か手はあるはずだ。
……と、話は元にもどる。失恋した男がどうしても諦めきれず何度も電話やメールをしたり、しまいにはストーカーになってしまう心理にもよく似ていた。それは非常識だからとか非社会的だからではない。
「世の中頑張ればなんとかなる」「努力したものは報われる」「真心は必ず通じる」というふうに子どもの頃から学校や家庭で、長じては社会人になってからも常に職場や仕事先で教えられているがゆえにそうなるのである。常識や社会道徳にとらわれているからこそ起こってしまうのだ。
(第二章 ターミナルマン より)
強い言動や行動を引き起こさせる理不尽なことがインドにはすごく多いのだけど、それをするかしないかのアクセルとブレーキの自問自答をこんなにクリアに分析した短い文章ってある?! すごい。
「頑張らなくていいんだよ」の前に、「頑張る」というメンタル設定の複雑さについて知らなくちゃと思うことがわたしにはすごくよくあるのだけど、この本はそこがものすごく緻密に描写されています。旅行記なんですけどね。ふしぎ。

【カラー版】怪魚ウモッカ格闘記 インドへの道 (集英社文庫)
- 作者: 高野秀行
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