うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

世にも奇妙なマラソン大会 高野秀行 著

旅先で起こる理不尽でのっぴきならない事態を、ただの理不尽では終わらせない。旅をおもしろく語る人の魅力って、そこにあるんだよなぁということをありありと感じさせてくれる本でした。
メインの中篇「世にも奇妙なマラソン大会」もおもしろかったけれど、わたしは著者が旅先で圧倒的に大切にされる経験をして以下のことに気づく場面が最高に好き。

 ああ、女はいいなと思った。今私は女性の扱いを受けているのだ。日本人は男はさっぱりだけど、女性はどんどん外国へ出ていく。それはひとえに日本の女性の適応力や外国語習得能力だと思っていたが、それだけではない。どこへ行っても彼女たちは多かれ少なかれ、こういうふうに扱ってもらえるのだ。
(「ブルガリアの岩と薔薇」より)

これ、男性には絶対伝わらないから誰も言わないやつ(笑)。わたしがインドで国際ロマンス詐欺に遭ってもその人を嫌いになれないのはなぜかといったら、日本では絶対ありえない扱いを受けていたからなんですよね…。

 

その扱いを受けることと危険が隣り合わせの状況の心理描写も、かなりの実写力。危険な目に遭った女性になんでそこで逃げなかったんだと言う人は、きっとこの経験がない。

 なぜ飯を食ってさっさと立ち去らなかったのか。別に手足を縛られているわけでもないし、ドアに鍵をかけられて監禁されているわけでもない。出ようと思えばいつでも出られる。金がないとか、もう夜中だということもある。だが、それだけではない。
 白状すると、私は圧倒的な感動に襲われていたのだ。
 自分は今まで、誰かからこんなに親切にされたことがあっただろうかと思った。何か自分の価値観を揺るがすような衝撃だった。
(「ブルガリアの岩と薔薇」より)

この物語のほかにも、いうたら嘘八百だし詐欺なんだけど、あのいい感じは記憶の中に冷凍保存したいと思うそういうコミュニケーションの快楽を記述するのがうまくてしびれます。とてもリアルに、あくまでライトに書かれている。
男の人なのに武勇伝臭を出さない、とてもすてきな綴りかた。お手本にしたくなるような旅行記でした。この人めっちゃモテるんだろうな。女性にも男性にも。ああおもしろい。