うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

これ1冊できちんとわかるアーユルヴェーダ 西川眞知子 著

これ1冊できちんとわかるアーユルヴェ
新しい本は、こうでなくっちゃ。とてもよく現代的に日本版としてまとまっています。
インド版で診断すると、わたしのように納豆と味噌汁と冷奴のどれも嫌いでない日本人は「それにしてもアナタちょっと大豆食べすぎじゃないの?」ということになりかねない。わたしはビールなくても発泡酒に(この時点で大豆度あがる)にオクラ納豆 or まぐろ納豆 or イカ納豆があった時点で「最高の夜」、しめに味噌汁があれば「もはや極楽」という食生活なので、アーユルヴェーダ的にはそうとう偏っている。そんな偏ったわたしですが、いまより乙女チックな感じでヨガをやっていたころにアーユルヴェーダの本を何冊か読んだことがあって、数年ぶりにまた読みました。


アーユルヴェーダ地産地消身土不二と表現するなどの違いがあるけれど、いままさに多くの人が見直そうとしている健康的な暮らしの知恵そのもの。巻末にこれまたよくできたおもしろい診断がついているので、アーユルヴェーダの入門書として、どなたにもおすすめできる一冊です。「リグ・ヴェーダ」「サーマ・ヴェーダ」「ヤジュル・ヴェーダ」「アタルヴァ・ヴェーダ」の4文献の集大成が、いまのアーユルヴェーダの実践に反映されているという説明も漏れず、入門書だけどルーツの説明もしっかりあります。


ドーシャの特徴もほどよく現代的にアレンジされていて、たとえばわたしの場合はピッタ・ヴァータ(ヴァータ>ピッタの時間のほうが多い)なのですが

分析力や想像力、実践力が優れ、直感も冴えています。
ただし、働きすぎるとヴァータが増え、情報に振り回されるとピッタが増える傾向に。

とか。


身体の不調別の説明も、たとえばわたしは眼精疲労が気になりますが

眼精疲労は、ピッタが増えた状態。ドライアイは、ヴァータの過剰が考えられます。

と。こんなふうに。
逆の意味での現代チューニングで、「ガルシャナ」はもう「乾布摩擦」とは言わなんのだなぁ、などと思ったり(笑)。とにかく今どきの言葉にちゃんと変換されています。(乾布摩擦は日本のアーユルヴェーダの鉄板アクション! と思っているのだが)
ドーシャ別によろしいヨーガのアーサナの説明もあり、「ああ、あの脇の下の刺激はカパに効いておるのかぁ」とか、鋤のポーズに入るときのあのゴロゴロが夜のヨーガで気持ち良いのは、ヴァータを鎮めるのかぁ、とか、身体的に思い出すものも多かった。



アーユルヴェーダのなかでの「プラクリティ」の説明もあります。「プラクリティ」自体を詳しく掘り下げると時代や思想の流れによって違うのだけど、「その人の本質」と訳し、生涯変わらない性質として見る説明はわかりやすくてよいなと思いました。野口先生がいうところの「潜在意識」「体癖」にあたるような理解の仕方だと、とっつきやすい。



最後の数秘術の霊数診断は、まるでチベット人に怒られているような気分になるくらいグサグサ来るのですが(笑)、わたしは以下に気をつけるべし。と。

  • 不必要な議論をしない。
  • お金を無駄使いしない。
  • 自分の業績をひけらかさない。
  • 楽天的、野心的になりすぎない。
  • 酸性の食品をとりすぎない。


油断するとこの傾向が出る、ということ。大好きな酸辣湯(サンラータン)の頻度を減らさねば。



老若男女を問わず、一家に一冊、おすすめです。アーユルヴェーダは翻訳本がたくさん出ているけど、日本オリジナルの新しい本を買う良さが、いい感じで詰まっていると感じました。