うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

三点倒立は、物理的には難しくない

三点倒立
今日は子供の日。子供だと一緒にやりながら、「バランスよ、バランス。そう、いいぞ! その調子」であっさりできてしまうことも多い三点倒立なのですが、大人になるとなかなかそうもいかないもんです。
「やる」の意識のグラデーションが複雑になってきますから。汚れちゃってね(笑)。

今日はヨガ仲間たちのリクエストに応えてわたしなりのアドバイスをしてきたのですが、やっぱり大人は汚れかたにバリエーションがあっておもしろい。
今日は大人向けでしたから、四角いアタマ向けに、物理的にも説明しました。



三点倒立をしようとするわたしの腕の中に



タオルをしのばせてみました。



そう、両足を揃えて立つよりも、ずっとバランスに使える面積は大きい。



数字的には、【三点=432平方cm】【両足=376平方cm】
三点のほうが15%増量となっておりますよ。
(上底を20cm、下底を12cm、高さを23.5cmでざっくり計算)


床に接している3つのポイント

    1. 組んだ手の小指の第二関節と両手の外側面
    2. 右肘
    3. 左肘

この三点の存在を忘れないようにしながら(特に肘を忘れがちになるので意識してね)



ツンツンと、「お腹を最大限に引きつけたまま(呼吸は自然なまま)」つま先を立てて顔の近くまで歩きます。
つま先が浮きそうになるまで歩きます。この「浮く」ですが、よくメイク落としの説明にある「指先がフワッと浮く感じがしたら」よりも100倍わかりやすいです。が、かなり細かく刻まないとそのタイミングは来ないので、とにかく慎重に細かく刻んでください。
(わたしは三点倒立の「浮く」はすぐわかりましたが、メイク落としの「浮く」はいまだにわかりません)


【ここで、ありがちな2つのトラップ】

  • 途中でお腹のヒキをゆるめて、なんとなく歩くことを切り上げようとしてしまう。

(身体のGOサインを待たずにピョンと足を蹴り上げる)

  • 途中で余計なことを考えながら歩いてしまい、首が前後左右にブレる。これはあぶない。

(そこ頚椎だから、気をつけてね)


歩くのを切り上げるタイミングは身体(おなか)が教えてくれるので、辛抱強く待たなければいけません。頭で勝手に決めない。
「これでいいのかな」「これでできるのかな」などと余計なことを考えず、ただ腹を引きながら歩くことに徹してください。肘と床の接点の感覚がある状態であれば、必ずその「瞬間」はやってきます。
ちなみに、ここでの「首の迷い」は、「やる」ということの主体性が薄い、「できるかどうかを他人に決めてもらおうとする気持ちの表れ」でもあるので、わたしは「今日はやめておきましょうか」ということにします。たまたま集中力が切れたとか、まわりに人がいるからとか、そういうこともあるからね。



つま先がフワッと浮く感覚がきたら、ここからは慎重に、以下の4つのポイントを音量調節のようにチューニングしながら進めて行きます。

    1. 足を上げる点火の着火点、もしくはオシッコをガマンするときにもちょっと使う「下の腹筋(丹田)」
    2. まっすぐ脚をまっすぐ上げていくために使う「上の腹筋(あばらを閉じようとするときに使う)」
    3. 腰の反りを調節する、オナラをガマンするときにも使う「下の背筋」
    4. 背中の幅を調節するときに使う「上の背筋(背中を掻くときやバッティング時にも使う)」


脚を上げながら、この4つの細かいチューニングを感覚でやる。



わたしは、ヒザを曲げずにまっすぐ上げていく方法をおすすめしています。
理由は二つあります。


ひとつめの理由としては
「こっちのほうが、首がブレにくい」

この自然なカーブを保ちやすい。
よく「のど仏を、のどの真ん中におさめて」というと、このカーブがきれいになる人が多い。
ヒザを曲げていくプロセスだと、ヒザを曲げるときにここがブレる「機会の数」が多くなると考えています。
なんというか、ヒザを伸ばしているほうが、しんどいけど隙は生まれにくい。


ふたつめの理由としては
「さっきの4つのチューニングつまみを微細にコントロールできる感覚が、日常に役立つ」
「おっとあぶねぇ」みたいな出会いがしらのときとか、なにか落としかけたときとか、ビールジョッキをたくさん持つときとか、ウナギを捕まえるときとか。



大切なことは、4つのポイント以外の無駄なことを考えないこと。
あとは、脚が上がってから、できればやればよい。
こういうのは、あとでよい。

  • 内ももはくっついているか
  • つま先はまっすぐ伸びているか
  • かかとは揃っているか
  • 頭のてっぺんに乗れているか

とかとかとか。
このへんは、後でなんとでもなります。



「やるの? やんないの?」
「やれるところまで地道にやる? 結局できあがらないなら、途中から投げやりになっちゃう?」



こんなものは、そもそもできてもできなくてもいい。
なのに、
 「やろうとしたからには、できないと嫌」
 「やれるようにしてくれるの? してくれないの?」
という「だったらはじめから、やろうとしなくてもいいよね」という、なんでわざわざそんな面倒なマインドセットで倒立を始めなければいけないんだっけということになる。むかし「所さんのただものではない!」という番組の子供の歌に、お母さんがよその人に「つまらないものざあます」と言いながらモノを渡すならあげなきゃいいのに、というような歌があって、それを思い出すんですよね(たとえが世代限定でごめんよ)。
それに気づいたら、その日は気持ちがエナジー切れ直前。やろうとすることをやめてしまったらいいです。言い訳しながら身体を動かすのは、消耗するほうが得るエネルギーを越えてしまう。ほかにも、頭に血液を送ってくれるポーズはいっぱいあるので、別のポーズをやればいい。



 依存心があると、丹田に火がつかない。
 攻略心と征服欲が、繊細なチューニングの邪魔をする。


これが、倒立の極意のようなものじゃないかなと思っています。
チューニングには「冷静さ」が必要なの。


無邪気なチャレンジ意欲は邪魔にはなりません。ここが、攻略心との違いで微妙なところなのですが、無邪気だとなぜか、危なっかしくてもバランスは取れちゃったりしている。ゆらゆらしながらも、どこを使うかのヒントを感じるところまでたどり着けてしまう。
ここが、子供と大人の違いかも。


脚を上げていくなかでの微妙な

膝の曲がりなどは、首のうしろに不自然さがなければ、あとはチューニングでつかんでいくことができます。
このくらいユルくても胴体はまっすぐなので、内臓も血液も上にあがることができて、大喜びです。
(上の写真のように、ちょっとゆるめででき上がって来たころがいちばん楽しい)



これ以上の完成度は、もう「コンプリート願望とチューンアップ」の領域。
そこまでやったところで、別にたいして日常に役立つことはそんなにありません。
(さらに追及したい人は、脱水機の回を参照してみてね)



さて。
脚が上がったあとにも、魔が差すことがあります。
首のうしろに不自然さが出てくると


くるぶしが頭のうしろのほうまできてしまって、「上の腹筋がコントロールできていない」という甘さが出てきます。
これは自論ですが、上の腹筋はハートに近い。
ちょっと安心したりすると、ここが「わーい」と開放感に惑わされる。
もう一つ自論ですが、首のうしろは脳に近い。「できる状態になりたい!」という攻略心から、ついつい顎を引いてしまったり、逆に反動で上げてしまったり。
そこで、ひっく、ひっくとあぶないカーブの揺れが始まってしまう。
足を上げた後は、キープするだけで精一杯になりがちですが


 頭頂で床の存在を感じ続ける
  ⇒ただでさえ面積増量の三角形の中に、さらに真ん中にポイントを置いて磐石の状態!
   (増量かつ深煎り、のような安定した美味しさです)


せっかくなので、ここを目指しましょう。



ちなみに、
今日はちょっと年上のお姉さんがこの磐石直前のバランスまできたので
「ねえねえ、オシッコとオナラを同時にガマンするの、わかったぁ?」ときいたら
「い、い、いまね、それ探してるとこ」と、逆さまのまま答えてくれました。
(「おとりこみ中」でした)


これは、とても素敵な大人スタイル。
「いま探してるとこ」でいいんです。自分で探したあとに、「今日は見つかんなかったわぁ」と言われたら、アドバイスのしようがいくらでもある。
本気で探すことをせずに、「◯◯って、どういうことですか」と聞かれても、答えようがない。「まず身体に聞いてくれるかな。で、その身体が言ってることがわからないのだったら、経験で翻訳するよ」と。逆さまになっていることで身体語が外国語のように聞こえる混乱というのは、実際ある。



三点倒立(シールシャ・アーサナ/シルシ・アサン)は、トレーニングレベルとしての必要筋肉量は少ないアーサナ(体位)です。どちらかというと、なにかことさらに難しいことをするような思い込みから自分を解放することのほうが重要です。純性っていうのかな。
はじめに説明しましたが、両足を揃えて立つよりも、与えられたバランス面積は大きいのです。
ただ、天地が逆転するだけです。



 「それって、特別なことじゃんか」



まあ、そうなんですけどね。
でも、物理的にはそういうことなんです。
子供は、「わー。逆さまだー」です。
大人は、「さあ。今日は逆転のポーズ。逆さまになったあかつきには、こんな健康効果が期待できるのですよね」と、なっちゃったりね。
子供は、手旗信号みたいにヨガをします。「できない」と口にするまえに、「わー」とか「ぎゃー」とか言ってます。これは、身体の声がそのまま口から出てる。
わたしが言うことがあるとしたら「笑ってもいいけど、あばらはちょこっと閉じとけよー。オナラ漏らすなよー」ってことくらいで。(もちろん、ガス抜きのポーズでは思いっきりおオナラをしちゃってください)


今日はそんな感じで、子供の日に大人たちとヨガをして、いろいろなことを思ったのでした。
子供心でヨガができると、きっと見た目も若返りますよ。
っていったら、「やる」気になるかな。なってね。


▼ほかにも書いてます


▼(追記)
これを書いてから10年になるので、2021年にさらに意識について書きました
uchikoyoga.hatenablog.com


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