先日、クレジットカードのフィッシング詐欺第二弾が起こりました。
使っていないまま存在していた家族カードを解約しました。
これはもうどこかで完全にリストに載っちゃっているなと思っていたら、サポートセンターの人が「そうじゃなくても近ごろ手口がどんどん巧妙になっていて・・・」と話していました。
近頃はワンギリ詐欺も巧妙になっていて、東京03の固定電話からかかってきます。
近頃は、公式アプリ以外は危ないから公式アプリを使ってね、というサービスが増えています。
これからしばらく、そういう安全策が増えていくのでしょう。
それにしても、ハードルが高すぎます。
たまにATMでお金を下ろすとメールが来ます。
心当たりのないときに気づけばいいのけれど、そもそもたまにしか使わないATMを使ったのが昨日だったことを覚えていません。これはまた別の問題か。
電子マネー時代に対応しつつも、必要のないものを防ぐ設定に使う神経の疲労回復につとめています。あるかないかもわからないもののための作業って、なんか疲れますよね。
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先日、ふだんはチャットで、文字や音声通話で話す人たちと、ひとつのテーブルにキュッとリアルで集まって仕事をしました。
旧式の手法で集まって人間らしいことを誰かと一緒に行う時間が、異様にありがたいものに感じました。
最近メンタルがぐっと落ち込むことがあるのという人がいて、「”必要のないことをしているのかもしれないわたし” と感じる瞬間に、しんどさがあるのよね」と言ったら「それ! まさにそれ!」と、そのあとも「さっき言ってくれた、あれ」と何度も小さく蒸し返されました。
遠隔で同じことを感じていた人たちの癒やし会。
こういうのがたまにあるから頑張れます。
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帰ってから、ある場面を思い出しました。
昔の映画『お茶漬の味』に、サブリン(佐分利信)と軍隊時代の元部下・笠智衆が街で再会してキャッキャとなる場面があります。あの感じは、やっぱり現在やっていることに対するなんとも言えない不毛さがあってのことなんだよな、仕事の種類は関係ないんだよなというのが、中年になるとわかってきます。
この不毛さは自然なもので、それが自分の中から起こっていることなんて百も承知の上での、もう興奮剤のいらないマインドを獲得してからの、便宜上そう言っているだけの不毛さです。まさに人生甘辛教室*1。
この不毛な作業のルーティーンに支えられているところがあることも、承知の上でのつぶやき。わたしはそれは、愚痴にカウントしないものだよと思っています。
愚痴ってのはもっと、攻撃的でヒステリックなやつのことよぅ。