うちこのヨガ日記

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ヒョンナムオッパへ 韓国フェミニズム小説集 斎藤真理子(翻訳)

「女のヒステリー」という言いかたは夏目漱石の時代からあった。わたしは夏目漱石の小説を読み始めたのが30代後半からだったのでそんなに昔からあるものと思っていなかったのだけど、すごく昔からあった。
子どもの頃は生理がなかったから、「女のヒステリー」というフレーズを中高年男性と似た感覚で捉えていたように思う。大人になったいまのわたしは男の人にもヒステリーはあると思っていて、それは認めたくないものに直面したときに発動する、言語化できない、あるいは言語化を放棄した怒り。自らの差別感情や自尊心を掘り下げることなくひとまず相手よりも上に立ちたい者同士が双方をヒステリーと言っているんじゃないか。そんなふうに考えるようになっている。いずれにしても、その「ひとまず」ってのがやっかいだ。

 

言葉は時代とともにトレンドが変わる。「女のヒステリー」に変わる言葉としていまは「更年期」というワードが台頭しているように思う。この短編集に収められたキム・イソルという作家の「更年」という小説は、この感じが女性から見たときにどんなものであるかをうまい設定で描いていて、なんでも更年期で片付きゃ話はラクだわよと、まるで寅さんの「男はつらいよ」のように「更年期といわれる年齢の女はつらいよ」を語る。そしてその「つらいよ」はそんな簡単な話ではなくて、物話を読みながら「合意とレイプの境界って、むずかしいよな…」なんて考えさせられてしまうのだから、ただごとではない。うまい…。設定も構成もうますぎる。なにこれ。

「更年」という小説の主人公はふたりの子どもを育てる40代女性。その物語のなかで以下の心理描写を読んだとき、過去の自分と母や、友人とその母や、今の仲間の顔がたくさん思い浮かんだ。

ほかのアイドルが、もっと大勢の友だちが、いつかは異性が、私の持ち分を蹴散らしていくだろう。そして私にはただ、ご飯を作って洗濯をしてくれる人としての必要性しか残らないのだろう。子どもの世界での私の居場所は、そうやって消えていくのだろう。そう思うとふいに涙があふれ出てきた。私は静かにドアを閉めた。あふれてきた涙は、簡単には止まらないようだった。これもすべて更年期のせいだろうか。そうならいいと思った。
(「更年」より)

処方箋のように、呪文のように「更年期」と唱えておけば済むのならわたしだってそれで済ませたい。

自分の居場所を自分で作ることができなかった明治時代の女性は、自我に呑まれたら憤死するしかなかったと読み取れる小説が夏目漱石の作品の中にひとつある。ほんとうにみんな、どうしてたんだろ…。


同じ小説のなかに、もうひとつ気になる描写がありました。子どもの非行を先に経験した人からなぐさめられたときに「ありがとう」と口にした瞬間、"心にもないことを言ってしまった" と感じる場面。恥の感情に引っ張られた自分をさらに恥じる。このプロセスを経つつ、怒りで上書きしない。精神の自立のプロセスって、こういうことかもしれない。

これは、トラブルを基本的に他人に打ち明けない人ならわかる感情ではないかな。こういう感情は年齢を重ねると立場が変わってしまいやすいから忘れたくない。いま読んでよかった。

わたしは自分の考えかたの癖として根底にこれがあると思っている。「素直に助けを求めることができなかった」という自分を責めることに子どもの頃から疲れていた。まず耐える・自分でなんとかしようとすることが正義というルールのほうがシンプルで、助けてくれと交渉をすることにエネルギーを割かなくていいからラクだと考えてしまう。これはちょっとクレーマーっぽい気質であるとも思う。


この短編集は「韓国フェミニズム小説集」というくくりになっているけれど、中身はとてもバラエティに富んでいて星新一っぽい作品もあります。エヌ氏がエヌ子になってい
るけど子をつけずにエヌのままのような。そこから浮き上がってくるものがじわっときたりする。
最初はなんかフェミニズムってめんどくさいな…、という気持ちがちょっとありつつ読んでいたのだけど、3話読んだ頃にはまったく別の感覚になっていました。
姑が亡くなって夫が退職したタイミングでいびりの連鎖のバトンを積極的に繋ぎにいく女性の心理を "雪玉をころがすように、満たされなかった過去の感情をふくらませてい
った。" と描写する「あなたの平和」は、読み出したら止まらない。
わたしは日本ではかわいそうな世代といわれるゾーンにいるらしいのだけど、さまざまな年齢・立場の人と考えを共有する方法を持てる時代に生まれてしあわせだと思っている。そのくらいには、のん気でいてもいいんじゃないか。

一話一話はけっこう重いのに、全体的な色の豊かさによってそんなふうに思わせてくれる、そんな短編集でした。なんかすごいね韓国小説。

 

ヒョンナムオッパへ:韓国フェミニズム小説集

ヒョンナムオッパへ:韓国フェミニズム小説集