うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

(再読)夢を売る男 百田尚樹 著

同じ作家の「モンスター」を読んだら先に読んだこの本を思い出し、また読みました。前回とは逆の視点で読んでみようと思ったのでした。
わたしは本を読んでいるときに「今回はこっち側に軸足を置いて読むけれど、反対側でも読んでおいたほうがいいかも」と思うことがあります。「バガヴァッド・ギーター」がまさにそれで、まだインド思想についてよく知らないうちに二つの視点で読むことで、知らないことに対する漠然とした劣等感を培養せずに済んだように思います。
バガヴァッド・ギーターの場合はさきに肯定的に読んであとで逆の読み方をしましたが、この本はもともと話の構成にいじわるさがあるので初回はそこに乗っかって冷笑的に読みました。
「自分に期待をすること」というのは生きていく上で大切なことでもあり、この本はそこを切り捨てていないため「夢を売る」というタイトルになっています。これは身近でよくある話題ですが、ヨガを何年もしていると、こういう話はたまにあります。

上記から7年がたちましたが、「まだまだこれから」と思って自分に期待をし続けるためになにかに賭けてみるような、そういうことをする人には今後も会うことでしょう。

 

わたしは以前、知人から自伝の代筆・編集をやってくれないかと言われたことがあります。頼まれかたはオブラートにくるまれていましたが(なのでやんわり避けることができましたが)、たぶんそういう自伝作成願望のようなものは土壌や養分によって発芽する、わりとベーシックな自尊心の表出パターンかと思います。
「いやー。わたしはそれは、ないわー」という人は、ないわーという側がかっこいいという価値観の土壌にこれまで水やりをしてきたのだろうけれど、でもそれも、たまたまな気がする。わたしがたまたまこちら側にいて、そう思います。

わかりやすくほめられて調子に乗れるのってうらやましいし、若い時ほどだいじであったと最近になって思います。過去の自分に対して反省するとき、同時に「でも、あのとき調子に乗っておいてよかった」という気持ちもゼロじゃない。調子に乗ってみないとわからなかったことがたくさんあるから。でも長く続いているものほど、調子に乗らないように気をつけながらやってきたことであるのも事実。


この本に出てくる温井雄太郎という大学生は、別の作家の小説「伊藤くん A to E」の伊藤君とよく似た思考をするのだけど、この思考は油断すると社会人生活を20年以上続けた後でも発動します。

 

 

 ちやほやされるなら、やりますよ。というスタンス

 

 

年齢を重ねてからのそれは若い時とは違うポイントで発動するので、日々の心のトーンのチューニングが欠かせません。
この本を再読して気づいたのは、自分に期待をして行動を起こすとき、そのモチベーションに身近な人を蹴散らす構造が含まれていないかの確認が重要だということ。よくよく読んでみるとこの物語の中で出版をする人は、本人が自分への呪いを成仏させるための出版ばかりなのです。

 

はじめて読んだときにもう一つ、この物語の中にはひとつ重要なことが書かれていると思った箇所がありました。二度目に読んだら自分の思いが言葉として浮かんできました。人がなにか献身的な行為を起こすとき、それが "誰かにいつかプレゼンをするイメージをもって実施される自己犠牲" であった場合に、受け手にとってどう見えるかという視点です。
わたしは日常で「やりかたが真っすぐすぎて重い」と感じる主張を見たとき、この負担はなんだろうと観察するのですが、この本にその思考を助けてもらったと感じる箇所がありました。
この本の主人公である出版社の編集長・牛河原は売れない作家にとてもきびしいのですが、部下・荒木とのやり取りの中にこんな会話があります。

「売れない作家はすべてダメなんですか?」
「全部がダメというわけじゃない。売れないが真摯な素晴らしい作品を書く作家もいる。おのれの血で書いたというような作品もある。しかし、そういう作品は読む者にも血を流すことを要求する。だから売れない」

これは、自分を変えるべく努力をしてきた人が陥りがちな思考。あらためて作家とい
う設定も整理しながら読んでみると、努力の時点で他人に読ませる前提なんですよね…。見せる前提でおのれの血を流すというのは、はじめから血のプレゼン力をあてにしている。

この二人の会話のその後が、またけっこう鋭い展開です。

(上記の引用箇所の続き)

荒木は黙って聞いていた。
「厄介なのは──」牛河原は少し苦々しい表情をしながら言った。「売れない純文学作家の中には、血で書いたと見せかけて、実は赤インクで書いたような作品もあることだ。そういうペテンの作品を血で書いたと勘違いする書評家や読者がいる。また、売れないという理由で、自分は優れた作家だと思い込んでいる馬鹿も多い」

わたしは血よりも赤インクで書かれた苦労話や奇跡の物語が好きな人って、意外と少なくないと思っています。思考したくない時ほど生きた血よりもインクを好んでしまう、人にはそういうところがあるんじゃないかなと思うから。


このビジネスに対して肯定的な視点に軸足を変えてあらためて読んでみたら、また別の課題が浮かび上がりました。エンターテインメントでラッピングされて最後におリボンまでかけてある "読みやすい" 小説なのだけど、考える材料の包みかたそのものにも切り込んでる。包みかたって、だいじよね。

 

▼初回(2年前)の感想はこちら

夢を売る男 (幻冬舎文庫)

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