うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

モンスター 百田尚樹 著

友人のすすめにより読んだのですが、途中から続きが気になっちゃって気になっちゃって大変でした。もう電車を降りなければいけないのに!
読者の巻き込みかたがずるい。本筋の整形手術の歴史はまるでQちゃんと小出監督、羽生選手とブライアン・コーチの歩みを見ているようで胸がアツくなりました。金メダルを獲得した人を見ている気分。
中盤の手術後の以下の先生のセリフなどはどこかのティーチャー・トレーニングでも聞こえてきそう。いいんじゃないの?本人がよければ。という気持ちがわき起こる会話。

「この美しさはあなたが勝ち取ったものです。私は手助けしただけです。あなたがこれまで手術に費やした額は決して小さなものではありません。おそらく──」 横山先生は静かに言った。「すごく苦労なさったんだと思います」

この、セリフとセリフの間に入れる動作の描写や罫線の入れかたが、読みやすさの秘訣なんだよな…。わかりやすく大げさなドラマのセリフのよう。

 

この小説は「男性が悦にいる瞬間」を女性から見た視点の描写がかなり精確に見える。どんな取材をしたのだろう。高級クラブのママの書く本よりもずっと日常的なそれがたくさん書かれている。
わたしがヨガを始めたころ(10年以上前)は、ほんの少しだけれどオウム真理教の時代のことを話してくれる人がいて、高学歴の人がなんであんなふうに…という話を聞くことが何度かあった。以後さまざまなエリートといわれる人を見ることがあったけれど、この小説の中で殴られる仕事をこなすSM嬢の語る以下のセリフは、"殴る" を "うんちくをたれる" に置き換えて読むと半分以上が事実に聞こえる。

一発殴るのに三万円も払うなんて、本当に異常よ。でも私みたいな人がいなければ、きっと日常生活で誰かを殴るか、犯罪に走ってしまう人かもしれない。私は犯罪を未然に防いでいるのよ

わたしはこの小説の主人公とおなじ年齢の頃、知識を振りかざしたい人のサンドバッグのような仕事を美しくマネタイズできる女性が銀座でのしあがっていくのだろうな…なんてことを想像していた。黒革の手帖の世界をそういうふうに見ていた。

この小説は、美しい女性に話を聞いてもらうことで気持ちよくなっていく男性心理をどこまでも暴露していく。こういうのは女性同士でしか共有されないどころか女性同士でもあまり話さない、日本人同士の会話では絶対に表に出てこない性質のものだと思っていた。どうやって取材したのだろう。自分の行動を分解していったのだろうか。SATCの脚本家にも似たものを感じるのだけど、その言い切りっぷりはまるでユダヤの大富豪の教えのよう。

 男の難しい話を聞くこつは、話の内容ではなく、声のトーンだけ聞くことだ。(中略)そして時々は質問してやることだ。時々、首を傾げてもう一度お願いします、と言ってやると、男は嬉々として説明する。
 そして話が終わった最後には、男たちはすっかり感心したような顔で「あなたほど頭のいい女性に会ったことがない」と言うのだ。

 面接試験のような会話さえしなければ、十分に知的なイメージを与えられる。男が女の知性をどこで判断するのかはよく知っている。女が発する教養や知識じゃない。男は女の言葉なんか一つも聞いていない。男が女の知性を判断する一番の材料──それは自分の話を理解するかどうかなのだ。男の話を感心して聞くくらいわけもない。

こんなの小説にでもしないと書けないということを小説にし、多くの人の記憶の印象の最大公約数をうま~く拾いながら爪痕もしっかり残す。そして読後感は悪くないように仕上げる。あとがきの人選は中村うさぎ。完璧だ。売れるものを書くスタイルに隙がない。完璧でこわい。だってこの小説、ラブストーリーなんですよ。表紙はホラーなのに。
小説でない本を売るくらい、この作家にとってはわけもないことなのだろうと思ってしまう。

 

モンスター (幻冬舎文庫)

モンスター (幻冬舎文庫)