うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

変わったタイプ  トム・ハンクス著 / 小川高義(翻訳)

トム・ハンクスの映画を観たことがない。メグ・ライアンの映画を観たことがないのと同じような理由で。あんなに王道の感じのよさをまとった人の出る映画が自分に刺さることはあるまいと、わたしは「観ないリスト」のほうへ入れてきた。キャサリン・ゼタ・ジョーンズアントニオ・バンデラスの映画を観ない理由とは逆。ゼタ・ジョーンズらの場合は、あんな強そうな人の出る映画を観たら生きていくのがしんどくなりそうだという理由で「観ないリスト」に入れる。
大竹しのぶ香川照之の出る映画はメンタルの状態がよいときでないとやめておいたほうがいい。トラウマになる。これと同じ感じはサミュエル・L・ジャクソンにもある。洋画でも邦画でもわたしはこんなふうに、観る映画を俳優で決めつけてしまうことがある。わたしはトム・ハンクスの映画を観たことがない。


この本はそのトム・ハンクスという俳優が書いた短編とおもしろ文章で構成されています。おもしろ文章というのは、近ごろのお笑いライブに多い映像コントのようなもの。出演者が衣装替えをしている間に会場で流す短い映像コントのようなもの。これも含めて、なんと、おもしろいのです。そしてちょっと悲しい。この悲しい感じがすごくいい。ユーモアはデフォルトとしてちゃんと入っている。わたしが近ごろアメリカの小説を気に入って読んでいるのは、シリアスになりすぎないおもてなしを作家が基本作法のようにやるから。


あんなに王道で感じのよいアメリカの雰囲気がわたしに楽しめるとは思っていなかったな。でも考えてみればトム・ハンクスは24時間365日トム・ハンクスをやっているわけではないのであって、その人生経験と記憶を紐付けてけて物語を綴れば、ときにおかしなことにもなるのですよね。
主人公が口にはしないけれども回想している文章が、すごくいい。「呑気と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする。」と夏目漱石が猫に言わせたようなことを、トム・ハンクスは物語の構成を通じて示していきます。この本は短編集だけど、順番どおりに読んだほうがこの感じがよくわかるでしょう。
アメリカ人でありながらヌーヨークあるいはニューヨークという街の存在をすごく客観的に書いているのもおもしろくて、「ニューヨーク、ニューヨーク。」と綴られている部分を読んだときには、まるで松尾芭蕉が松島を詠嘆しているように見えました。


この悲しい感じは、ちょっとクセになりそう。なかでも「グリーン通りの一ヶ月」という物語がすごく沁みる。トム・ハンクス主演で映像化されたものを観たら泣いてしまいそう。いっぽうで「過去は大事なもの」を香川照之がやったら確実にトラウマになりそう。「コスタスに会え」の主人公を若い頃にキアヌ・リーヴスが演じていたら嗚咽してしまいそうだし、「配役は誰だ」は今ならやっぱりエマ・ストーンで観たい。この一冊に、このくらい触れ幅のある短編がつまっている。

どれも具体的に主演俳優のイメージがわきやすいのは、著者が有名俳優だからかな。読みながら「これはトム・ハンクスじゃないよね」みたいな感覚が同時に走るのもちょっとおもしろかった。

変わったタイプ (新潮クレスト・ブックス)

変わったタイプ (新潮クレスト・ブックス)