うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

あなたが世界のためにできる たったひとつのこと <効果的な利他主義>のすすめ / ピーター・シンガー(著)、関美和(翻訳)


この本を読みながらさまざまな思いが浮かんでは消えました。この本にある内容は「これはすばらしい行いだわ」と思ってそれを他人に伝えるべく行動する人の多くが直面する "ある定番の悩み" への回答を探る大きなヒントをくれます。そして、そのヒントは数字の苦手な人の悩みを深くしてしまう内容でもあり、事実を見ることを放棄したい気持ちのほうが強ければ、反動で「すばらしい行い」に関わることをやめるという選択へ向かうかもしれません。文字の大きい本だけれど、読了できるか。まるでリトマス試験紙のよう。


わたしは5年前にここで「なぜ数字が苦手、ということになるのか」というのを書いたことがあります。それは当時抱えていた "ある種の不明瞭さ" に対して起こるわたしの "いらだち" を別の形で文章にしたものでした。そのいらだちは、まさにこの本の中に書かれている骨子と似ています。

私たちは自分を理性的な存在だと思いたいものです。ですから、理性に反した行いをしているという自覚は、自尊心を脅かすのです。
(第7章 愛がすべて?/理性の命令 より)

自尊心を脅かされている感覚があるけれど理論立てができないというのは、とてもしんどい状態です。恐怖です。すばらしいものだと思ったものが自分に対して恐怖をもたらすというのはどういう道理かと、パニックになって口数が多くなる。
この本には「"よいこと" のコスパ」を考えるための具体的な事例が出てきます。え? "よいこと" をコスパで考えるの? という人もいるかもしれませんが、コスパで考えることを揶揄したい人は、参加者10名・参加費はお気持ちで…というチャリティヨガクラスをやる先生Aと、参加者50名・3000円の特にチャリティとはうたわないヨガクラスを開催しその利益の半分を寄付している先生Bとでは、前者のA先生によい印象を持つかもしれません。そして、Bの先生が寄付をしていることを知ったとたんに、がぜんB先生を尊敬するようになったりするのでしょう。そして、それが知られなければB先生はビジネスマンだと揶揄される。そんなことはないでしょうか。


バガヴァッド・ギーターの読書会をやると、一定の比率の人が「自分に紐づいた義務がわからない」ということで悩まれているのがわかります。それはバガヴァッド・ギーターのなかに「svakarma」「svadharma」という、普段は考えないことにしているテーマが含まれているからなのですが、表面上の身分区分が見えにくい(カーストもジャーティもない、とされている)わたしたちのそんなモヤモヤに、ひとつの解を突きつける、そんな要素がこの本にはあると感じます。
そしてそのように感じながら、同時にある物語を思い出しました。角田光代さんの「紙の月」という小説です。銀行員の主人公・梅澤さんは、富める平林さんの財産を、お金を必要としている平林さんの孫に回すために、銀行員としては犯罪にあたる行為をします。そこには正当化の心理がはたらいています。この主人公・梅澤さんにはボランティア活動・寄付という行為で自尊心を育ててきた過去があります。



わたしは「Charity Navigator」と「GiveWell」についてこれまで知らなかったのですが、以下は重要な指摘と思います。

 チャリティ・ナビゲーターのサイトを訪れる多くの人がチェックするのは、ひとつの数字だけです。それは、収入に対して、チャリティ活動以外の管理費や寄付集めにどのくらいの費用を使っているかという割合です。<ギブウェル>のカーノフスキーは、ほとんどの人がこの数字だけを見て寄付をするかどうかを決めている現状は、かなり危険だと言っています。しかも、この人たちは事前に調査を行う数少ない寄付者なのです。
(第14章 いちばん効果のあるチャリティ/チャリティ活動を調査する より)

日本には寄付団体の比較サイト、評価サイトがありません。できそうかと考えてみると、すごくむずかしい。そのむずかしさのなかに想定される要素を拾い上げていくことは、さまざまな「信用」について考えるきっかけになりそうです。



夏目漱石の小説「三四郎」に登場する与次郎という青年のセリフに、こんなフレーズがあります。

人間はね、自分が困らない程度内で、なるべく人に親切がしてみたいものだ

このセリフの「なるべく」を最大化し、さらにその総量も最大化していこうと考えるのが、この本の中に登場する効果的な利他主義
よくよく考えると、「自分が困らない程度内で」と思った時点で、総量を意識する気がないのです。「してみたい」だけ? 「効果」は求めない? この本はそんな矛盾を容赦なく詳らかにしていきます。


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