「こころ」でさんざん恋に悩んで神聖神聖いうとる人が居ましたが、この小説ではあっさり
神聖とは自分一人が玩具にして、外の人には指もささせぬと云う意味である。
って書かれてる! おもしろい!
「草枕」と「三四郎」の間の時期に書かれた小説で、まさにこの掛け合わせのような妙がある。「美文すぎるビバリーヒルズ青春白書みたいだな!」とニヤニヤしながら読んでいると、懐メロの「木綿のハンカチーフ」が脳内で流れてきたり、「白鳥麗子でございます」の高笑いが聞こえてきたりする。
そしてなによりもすごいのは、「あなたはデヴィッド・フィンチャーか!」と思うほどの細かくしつこい伏線回収と鮮やかな場面チェンジ。この小説の中心にいる男女が結婚したらそのまま「ゴーン・ガール」が作れそうだし、心理背景の説明の細かさはまるで「ファイト・クラブ」。
全体としてはそんな感じの小説なのですが(読めばわかる)、今日はネタバレにならないように配慮しつつ、「この小説のここがすごい!」と思った箇所を紹介します。
■夏目漱石が大衆に降りてきたときの割り切りのすごさ
長い文章を読める人間を創ろうといろいろ考えたのでしょうか。とにかくキャッチーなままエゴの彩りを編んでいく構成がすごい。
「ジョーズ」も「E.T.」もスピルバーグなんだよなぁ、とあらためて思うような、同じ作家でもなるほど対象のカバー領域を広げるとこうなるのか、という感じがする。「川の流れのように」も「セーラー服を脱がさないで」も秋元康なんだよなぁ、というのと近いかも。
■男女の境界を越えた共感ポイントが多い
主役の男性に共感する女性は多いだろうし、その恋の相手の女性に共感する男性も多いと思う。
読書メーターの中に、女性の登場人物に対して「お前は俺か!」という感想を書いている人を見かけたのだけど、まさにそんな感じ。
■個人戦もダブルスもおもしろい
他の小説同様のエグい個人戦だけでなく、ダブルスの試合もおもしろい
(一例)
- 比叡山に登るアウトドア・チーム V.S. シェイクスピアの読書をしているインドア・チーム
- 法に触れない範囲で過去の縛りを超えて行けると信じたいチーム V.S. 儒教ベースのイノベーション・チーム
- 東京チーム V.S. 京都チーム
- 1階のアダルトチーム V.S. 2階のヤングチーム
■「ミーハー」=「色相世界」
この小説は「ミーハー」という単語のない時代にミーハーというマインドを描いていて、そういう状態のことを「色相世界に住する」と表現しています。いまでいうと「セレブ」という単語がしっくりいく。この小説の中では「雅号」というのがとりわけ気になるキーワード。読んでいるうちに「雅業(みやびなカルマ)」に見えてくる。「不倫は文化だ!」という石田純一までいけないこの時代の苦しいトレンディ・ドラマ。なんだけど、その鮮やかさは現代のドラマをはるかに超えてます。
■メガ盛りの装飾文がたまらない
夏目漱石にとって新聞連載が初だったこともあってか、韻もラップもオヤジギャグも膝を打つ喩えも、とにかくメガ盛り!
それに加えてスポンサーや文壇ソーシャルにおもねる表現までカバーしている。まるでジェルネイルをいち早く始めた港区の広報OLのような「盛りの勢い」を感じます。
ここまでわたしがしたような俗な表現についても、この小説の十一章のなかで、以下のようにぶった切られる。
「形容は旨く中(あた)ると俗になるのが通例だ」
「中ると俗なら、中らなければ何になるんだ」
「詩になるでしょう」と藤尾が横合から答えた。
「だから、詩は実際に外れる」と甲野さんが云う。
「実際より高いから」と藤尾が註釈する。
「すると旨く中った形容が俗で、旨く中らなかった形容が詩なんだね。藤尾さん無味くって中らない形容を云って御覧」
「云って見ましょうか。――兄さんが知ってるでしょう。聴いて御覧なさい」と藤尾は鋭どい眼の角から欽吾を見た。眼の角は云う。――無味くって中らない形容は哲学である。
この登場人物たちの会話、すごいのよぉ。
ほかにも、たくさんメモしたのだけどかなりしぼって紹介します。
「雅号は好いよ。世の中にはいろいろな雅号があるからな。立憲政体だの、万有神教だの、忠、信、孝、悌(てい)、だのってさまざまな奴があるから」「なるほど、蕎麦屋に藪がたくさん出来て、牛肉屋がみんないろはになるのもその格だね」
ここは、なんかヨガ業界の煎餅アライアンスと同じものを感じ……(以下略)
同情のある恐喝手段は長者の好んで年少に対して用いる遊戯である。
ぎゃぁぁぁぁぁということばかりなんです、この小説。親がエグい。
運命は神の考えるものだ。人間は人間らしく働けばそれで結構だ。日露戦争を見ろ。
いやほんとこれ、いまの紛争見ると沁みますね。
どうも淡粧(あっさり)して、活動する奴が一番人間の分子が多くって危険だ。
ナチュラル・メイクよりむしろバッチリ・メイクの人の相手をするほうが気楽だ、という主旨。ここ、おもしろいとこです。
男の用を足すために生れたと覚悟をしている女ほど憐れなものはない。
明治時代に新聞連載デビューでこんなこと書いたら、そりゃ世の中大さわぎにもなるわ!
趣味のないのと見込のないのとは別物である。
これを、男性を評する場面で言ってるのがすごい。女の60分みたい! 書いてるのは男なのに。
口を利けぬように育てて置いてなぜ口を利かぬと云う。
親に対する子の心情吐露。これもすごい。
自分の好悪を支配する人間から、素知らぬ顔ですきかきらいかを尋ねられるのは恨めしい。
これも、すごくつらい場面。
恨むと云うは頼る人に見替られた時に云う。侮(あなどり)に対する適当な言葉は怒(いかり)である。
恨みの定義が冴えてます。
最後に。
わたしは、主要なヤングチームではない、この登場人物(男性)が気になる存在。
あまり丁寧に御辞儀をする女は迷惑だ。第三の人が云う。人間の誠は下げる頭の時間と正比例するものだ。いろいろな説がある。ただし大和尚は迷惑党である。
迷惑党、バンザーイ☆
伏線の再確認のために、必ずや二度読むことになります。新聞連載デビューでいきなりこんなの出したら、そりゃ世間が騒ぐわ!
この小説は、もしかしたら介護やそれ以前・以後の問題(資産配分のもめごととか)が一斉に顕在化してきそうな5年後くらいに、すごく読まれるかも。いっけんトレンディ・ドラマやメロドラマ風でありながら、かなり重いテーマを大胆に料理されています。
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