うちこのヨガ日記

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あたらしい憲法のはなし 文部省


大日本帝国憲法日本国憲法になったときに、文部省が教科書として発行したものです。
8月の終戦記念日の頃のラジオで紹介されていて、読んでみたらいろいろ衝撃を受けて、以後たまに開いてみています。「戦争を棄てる」という憲法改正のポリシーの部分もズッシリきますが、それ以前の国のムードがかなりナマナマしく伝わってきます。
以前「中村屋のボース」を読んだときに、帝国主義国家であった頃の日本を知って恐ろしくなったりしましたが、このテキストもそういう面でいうと恐ろしい要素がある。なんともいえぬ文章です。

こんどの戰爭で、天皇陛下は、たいへんごくろうをなさいました。なぜならば、古い憲法では、天皇をお助けして國の仕事をした人々は、國民ぜんたいがえらんだものでなかったので、國民の考えとはなれて、とう/\戰爭になったからです。そこで、これからさき國を治めてゆくについて、二度とこのようなことのないように、あたらしい憲法をこしらえるとき、たいへん苦心をいたしました。ですから、天皇は、憲法で定めたお仕事だけをされ、政治には関係されないことになりました。
(五「天皇陛下」より)

天皇をお助けして國の仕事をする」という使命感に燃えた人たちが国を回していたと、わかっちゃいたけどやっぱりわかっていなかったような。その時代を生きないとわからないけれど、でもその「因子」やその「小規模版」は、あらゆる組織で体感できる。



天皇陛下は、一つにまとまった日本國民の象徴でいらっしゃいます。これは、私たち日本國民ぜんたいの中心としておいでになるお方ということなのです。それで天皇陛下は、日本國民ぜんたいをあらわされるのです。
 このような地位に天皇陛下をお置き申したのは、日本國民ぜんたいの考えにあるのです。これからさき、國を治めてゆく仕事は、みな國民がじぶんでやってゆかなければなりません。天皇陛下は、けっして神様ではありません。國民と同じような人間でいらっしゃいます。ラジオのほうそうもなさいました。小さな町のすみにもおいでになりました。ですから私たちは、天皇陛下を私たちのまん中にしっかりとお置きして、國を治めてゆくについてごくろうのないようにしなければなりません。これで憲法天皇陛下を象徴とした意味がおわかりでしょう。
(五「天皇陛下」より)

「國を治めてゆくについてごくろうのないようにしなければなりません。これで憲法天皇陛下を象徴とした意味がおわかりでしょう。」って、いまでこそ「わかんないだろ。これ」と思うけど、これがまさに「移行」の時代の表現だったのでしょう。ただこの「ゆらぎ」が、今もなにかが「ゆらいでしまう」原因とつながっている気がしてなりません。神に対する喪失感でしょうか。




そんな背景もありつつ、この本自体は骨太な方針を説明するもので、鼓舞もされます。

みなさんは日本國民のうちのひとりです。國民のひとり/\が、かしこくなり、強くならなければ、國民ぜんたいがかしこく、また、強くなれません。國の力のもとは、ひとり/\の國民にあります。そこで國は、この國民のひとり/\の力をはっきりとみとめて、しっかりと守ってゆくのです。そのために、國民のひとり/\に、いろ/\大事な権利があることを、憲法できめているのです。この國民の大事な権利のことを「基本的人権」というのです。これも憲法の中に書いてあるのです。
(一「憲法」より)

出だしでかなり、グイグイきます。



世界中の國が、いくさをしないで、なかよくやってゆくことを、國際平和主義といいます。だから民主主義ということは、この國際平和主義と、たいへんふかい関係があるのです。こんどの憲法で民主主義のやりかたをきめたからには、またほかの國にたいしても國際平和主義でやってゆくということになるのは、あたりまえであります。この國際平和主義をわすれて、じぶんの國のことばかり考えていたので、とうとう戰爭をはじめてしまったのです。そこであたらしい憲法では、前文の中に、これからは、この國際平和主義でやってゆくということを、力強いことばで書いてあります。またこの考えが、あとでのべる戰爭の放棄、すなわち、これからは、いっさい、いくさはしないということをきめることになってゆくのであります。
(三「國際平和主義」より)

「いくさ」から「戦争」ということば使いへの移行の中に、さまざまなエッセンスが入っているような気がして、うまく言語化できない。この時代でもまだ「いくさ」と言っていたのか、という衝撃といえばわかるかな。かつての日本国内の国盗り合戦の延長で海の外の国を盗れると考えた、秀吉の時代からあまり変わっていないようなこの言語感覚に、無知もやはり悪であるような、そういう気がしてしまう。



こんどの憲法では、日本の國が、けっして二度と戰爭をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戰爭をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戰力の放棄といいます。「放棄」とは「すててしまう」ということです。しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの國よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。
(六「戰爭の放棄」より)

この最後の一文が必要でない国にならなければいけない。そのためにはこの最後の一文が必要でない人にならなければいけない。正しさや肯定感を与えてくれる神は具現化する必要もなく、無理に「象徴」などという定義をこしらえる必要もないものだということを学んでいく教育が必要なんだろうな。このテキストが書かれてから67年経っている。




このテキストは終盤に向けて当然意気揚々としていくのだけど、その文章にいろいろな要素がある。

こんどの憲法は、この普通選挙を、國民の大事な基本的人権としてみとめているのです。しかし、いくら普通選挙といっても、こどもや氣がくるった人まで選挙権をもつというわけではありませんが、とにかく男女人種の区別もなく、宗教や財産の上の区別もなく、みんながひとしく選挙権をもっているのです。
(八「國会」より)

平等がデフォルトでなかった設定から、「とにかく」のひとことで説明をクロージングするこのスピード感がこわい。



みなさん、國会の議事堂をごぞんじですか。あの白いうつくしい建物に、日の光りがさしているのをごらんなさい。あれは日本國民の力をあらわすところです。主権をもっている日本國民が國を治めてゆくところです。
(八「國会」より)

なんだろう、この文章に感じるモヤモヤ感。



こんどの憲法で、ひじょうにかわったことを、一つ申しておきます。それは、裁判所は、國会でつくった法律が、憲法に合っているかどうかをしらべることができるようになったことです。もし法律が、憲法にきめてあることにちがっていると考えたときは、その法律にしたがわないことができるのです。だから裁判所は、たいへんおもい役目をすることになりました。
(十一「司法」より)

「それまでは違ったんだよなぁ」という、大きすぎる疑問が残る。


この本が書かれたのが67年前で、その頃の新制中学校1年生(13歳)向けということですから、いまの80歳くらいの人が子供のころにこれを読んだんですね。目を輝かせたのでしょうか、首をかしげたのでしょうか。前者の人もいれば、後者の人もいたのでしょうね。子供ながらに薄々「納得しずらい」という感情を持てる、憶えておけるというのはとても大切な記憶の機能であると思います。
これは中学生向けのテキストですが、小学生は有無を言わず文部省⇒先生の指示で教科書に墨を塗っていたそうです。墨を塗って、なかったことにしちゃえというのは、すごい発想だなぁ。よけい気になるわ! なんて、決してつっこめる雰囲気ではなかっただろうけど、でもやっぱり目で見るとすごいインパクトです。


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