うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

狭小邸宅 新庄耕 著

仕事と愛憎関係にならずに成果を上げるにはどうすればよいか。お仕事版ベスト・キッドのような師弟関係のあたりから目が離せなくなり、一気に読んでしまいました。
営業成績を上げられずに左遷されてきた部下に「お前、自分のこと特別だと思ってるだろ」と、上司の言いっぷりがすごい。

「自意識が強く、観念的で、理想や言い訳ばかり並び立てる。それでいて肝心の目の前にある現実をなめる。一見それらしい顔をしておいて、腹の中では拝金主義だ何だといって不動産屋を見下している。家ひとつまともに売れないくせに、不動産屋のことをわかったような気になってそれらしい顔をする。客の顔色を窺い、媚びへつらって客に安い優しさを見せることが仕事だと思ってる」

 
著者は「ニューカルマ」という小説でネットワークビジネスの世界を書いていて、わたしはその小説を読んでこの作家を知りました。「狭小邸宅」はデビュー作らしいのですが、対象から距離を置いて分析しているような体裁でありながら事実上ふてくされているだけの人が陥る世界を書くのが異様にうまい。迷走中の仕事描写に妙なリアリティがある。


物語は東京都内でペンシルハウスを売る営業マンの話で、出版が2012年なのでそんなに昔の話ではないはずなのだけど、いま読むと「いつの時代の話?」という感じがします。でもまだ10年も経っていない。いまはパンデミックの影響でタワーマンションよりも狭小邸宅へ人気が移っていると先日のニュースで見たばかり。この業界のデキる人は、いまどんな「まわし」のシナリオを描いているのだろう。

 

さて。

この小説はいつか読もうと思いつつ、ひょんなきっかけで思い出して読みました。
この物語のモデルになったと言われている会社を知る人が事業の説明をする際に、「こういう本が出ておりまして、このビジネスの黎明期の状況を知るのにとてもわかりやすいのですが…」と話されていて気になったのでした。
その話しっぷりがとても不思議で気になりました。話の構成がいろいろおかしい。ナチュラルに圧迫面接が成立する話法が完全にインストールされているのです。多くの人が日常でやるような、話す直前にテンプレートを選ぶ感じとなにかが違う。その人間のOSにがっつり組み込まれているなにかがあって、もともと全くやる前提でなかったことも、なぜかこちらから食らいついてやろうとしてしまうような、そういう話法。

その人の話し方の印象があまりにも強烈で、これはなかなか濃い世界であるなと気になって読みました。

 

でも実際に読んでみたら、小説自体のテーマは就職をする個人のマインドにあって、この会社のブラックな雰囲気に序盤で慣れてしまってからが読みどころ。中盤からは、物事や社会との関わり方における不健康さってなんだろうという客観的な内省へ向かわせてくれる。

この作家が書く「ナチュラルに圧迫面接が成立する話法」は、わたしがたまにFacebookで見かけるヨガの世界と似ています。カルマ・ヨーガという単語自体はインドの言葉だけど、それをいまの日本社会で使うとオヨヨなことになる感じ。

感情を転がすこととお勉強と知性のトレーニングの境界をあいまいにする日本の学び様式を利用した「家を買うまでのステップ(買わせるまでのシナリオ)」は、読んでいるとさまざまな「なにか」と似ていて、それは達成感の不在や空虚感を埋めるために役立ちそうな「なにか」でもある。
たった8年前の本なのにものすごく昔の世界に感じるのは、その間にわたし個人の意思や希望や理想が挟まっているだけで、現実はそのままのほうに近いのだと思う。わたしがこの業界の空気をまとった圧迫面接トークに遭遇したのは、ほんの数か月前の話だから。
正気でいようね。

 

狭小邸宅 (集英社文庫)

狭小邸宅 (集英社文庫)