うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

少女地獄/瓶詰地獄  夢野久作 著

少し前に「きのこ会議」という短編を読み、衝撃を受けて地獄と名のつくものを読んでみました。

 

少女地獄

少女地獄というタイトルは一つの物語ではなく共通するテーマのようなもので、中篇小説が3つ収められています。


そのどれもが面白く、少女に振り回されることが地獄なのかと思いきや、いやいや地獄というのはそういう意味じゃない、と通底するメッセージがなんとも現代的。

この時代にすでに少女を卒業して世に出て働くことの地獄をありありと綴っています。

 女車掌の運命なんてものは、往来に散らかっている紙キレよりもモットモット安っぽいものなのよ。女車掌になってみると、すぐにわかるわ。
 早い話が、お百姓の娘でいると、お婿さんは純真な村の青年の中から御両親が選んで下さるでしょ。都合よく行くと好きな人とも一緒になれるでしょう。
 ですけど女車掌になると、そんな幸福を最初からアキラメていなければならないのです。会社の重役さんとか、役員さんとか、自動車係りの巡査さんの言う事は、どんなにイヤな事でもおとなしく聞いて置かないと、直ぐに首になるのです。何とかカントかナンクセを付けて追い出されてしまうのです。私みたいに身よりタヨリのない孤児(みなしご)の女はなおさら、そうなのです。ですから賢い人はなるたけお白粉を塗らないようにして給料の上らないのは覚悟の前で、眼に立たないように、影にまわってばっかり働いているのです。その馬鹿馬鹿しい息苦しさったらないのですよ。
(「殺人リレー」第一の手紙より)

昭和一桁時代のバリキャリのお悩みがこのように綴られています。
この物語には途中で「これこそホントに生命がけの恋よ」というフレーズが出てくるのですが、バスの女車掌さんの話なので、爆笑せずにいられない展開。ユーモアも最高の面白さです。

 

 

最初に収められている小説「何でもない」の主人公・姫草ユリ子はその人名のほうがタイトルより有名。強烈なキャラクターです。
現代の設定で書き換えたら、SNSで盛りまくりながら世渡りをしていく女の物語。しかも周囲もなぜか、その「盛り(虚栄)」に協力したくなってしまう。読みながらふと、福田和子や木嶋佳苗のような人を近くで見ていた人は、こういう気持ちだったんじゃないかと想像しました。

しかも脳内で組み立てられる映像は椎名林檎のMVのようなテイスト。ものすごく魅力的な引っ張りかたでグイグイ読まされ、最後まで読んだのだけど、数日おいてもう一度読みました。再読するとまあ本当によくできている。アガサ・クリスティか!

 

この物語は、主人公に寄せる年上の女性たちのやさしい視線がすごくいい。

「あの人は地道に行きたい行きたい。みんなに信用されていたいいたいと、思い詰めているのがあの娘(ひと)の虚栄なんですからね。」

若い女性にこんなまなざしを向けてくれるなんて。いいわ。
頑張って盛っている女子が年長者から叩かれたり揶揄されたりする現代に読むと、あたたかさが沁みます。

 

 

最後に収められていた「火星の女」は、昔テレビで見た『夢で逢えたら』で清水ミチコさんが演じていた伊集院ミドリを想起しました。「私、嫌がらせのためなら死ねるわよ」と言う大人の女性を初めて見て驚いたことが今でも忘れられません。コントなんですけどね。
その異様な感じが、この「火星の女」という小説の全体に漂っている。だけど本題はそこじゃない。二つの顔を持った人(復讐される側)の演説が怖い。そこから終盤までのスピード感はまるでミッション・インポッシブル。
どうなってんだと思うほどのおもしろさでありながら、こういう人っているよなぁ、恨みのエネルギーを記憶のあちこちから引っ張り出しては自家発電してる人……という怖さもあって、結論、こわい。


物語はフィクションだけど、その心理はどこかで目にしたようなものばかり。
これから少し異様な犯罪のニュースを目にするたびに、この本を思い出してしまいそう。なのに脳内で繰り広げられるイメージは日本エレキテル連合のコントのようにポップでキュートで爆笑モノなのだから、たまらない。最高だ!
自分の親が生まれる前に書かれた小説がこのセンスであることに、かなり衝撃を受けました。

 

 

 

瓶詰地獄

どこまで本当かわからないまま読まされる懺悔の手紙3通。

その人たちは鉛筆を買い足せないところにいて、もうすぐ鉛筆がなくなると書いてある。

えっと、えっと、で、そこで何してんの二人? という状態で悶々とさせられる。地獄といえば地獄だが、なんだか楽しそうでもある。これは懺悔なのかノロケなのか。

あれは地獄だったと苦労話をするかつてのハード・ワーカーらがどこか楽しそうでノロケているように感じる、ああいうのって、なんなのだろう。と思うときの感じと似ていた。