うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

外は夏 キム・エラン著/古川綾子(翻訳)

この作家はかなりすごいのではないか。久しぶりにそんなことを思う本を読みました。七編収められている短編すべて、これぞ人間の苦しみというマインドが違う色で描かれています。

わたしは苦しみというのは心根のところで現実を認めたくない気持ちとセットになっていると思っているので、この作家の作り出す設定のうまさに、そうそうこの感じ…と思うことばかりでした。

その状況に耐えるためにちょっと無理な論理をこしらえていることを自覚しながら、でもそれを自分で許容しておかなかったら自我の土手が決壊しちゃう…ああ、でもきた。きたよ試練が……というさまをじわじわ経験するのは、とてもつらい。それでも地盤が弛んだことを少しでも自認できていれば、すんでのところで踏ん張れる。

この作家の書く小説に出てくる人たちのほとんどは、ぎりぎり最悪のところで地盤の弛みすら無かったことにはしない。幻想に逃げることをしません。現実をじわじわ自覚していくのは苦しくて悲しいけれど、腐らず自立しようとしているから読後は心に明かりが灯る。

 

この本は、わたしが幻想に逃げようとすると「無理やり美化してんじゃねぇ! そんなことしてると、どんどん人生は理不尽で不利なことばかりになるぞ」と喝を入れてくるわたしの中の人に大ウケ。その喝を入れる側のわたしが「この小説は、かなりすごいんじゃないか」と言っている。

 

社会の中で暮らしていると「わたしの何がそんなにいけなかったというんだ」という瞬間がある。ものすごく些細なことで言えば、毎日使っている機器が動かなくなった瞬間ですら、そんな風に思ったりするものだ。そしてそんな思考を日常化させ、人生なんてそんなものとして時間を重ねて生きていくことの代償は、それなりにあるものかもしれない。

この小説は、そんな「それなりにあるものかもしれない」を想像させる。

 

この作家は作品を発表するたびに韓国の主要な文学賞を総なめにしてきた実力派だと、訳者のあとがきにある。こういう評価の文章は割り引いて理解しようと思うけれど、それでも、ここ数年感じたことのないような感覚で引き込まれた。

作家本人のあとがきにあった三行が、この感じこそまさに作品に一貫してある特徴だと思った。

 言えなかった言葉や言えない言葉

 言ってはいけない言葉や言うべき言葉が

 ある日、人の形になって現れたりする。

執着をなくすことと、機械人間になることは違う。

執着と切り離しの中間にある苦しみの掘り下げを、シンプルでおしゃれな感じの小説として読める。苦しく悲しい話ばかりのはずなのに演歌色ゼロで、無理やり美化してる場合じゃないことを物語のなかの人物がちゃんと意識しながら暮らしてる。現代の小説なのに、読者へのおもねりがそぎ落とされている。

そう、こういうのが読みたかった。久しぶりに時間を忘れて没入しました。

外は夏 (となりの国のものがたり3)

外は夏 (となりの国のものがたり3)

  • 作者:キム・エラン
  • 発売日: 2019/06/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)