うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

あすなろ物語 井上靖 著

友人にすすめられて読んだ『しろばんば』がおもしろくて、その前に書かれた『あすなろ物語』を読みました。

発表されたのは『あすなろ物語』のほうが先なのだけど、『しろばんば』のあの少年が13歳になっていて、その後就職して結婚する頃までの人生のダイジェストのような物語集です。


文章も内容も、『しろばんば』よりも現代に近い雰囲気です。カタカナの外来語も少しあって、しかも、カタカナが出てきて異質に感じたところからの展開にちゃんとオチがあったりして、これがどうにもうまい!

「モーション」という言葉が唐突に出てきた後の、意外な人の意外な動きの描写などはうますぎて、座布団が何枚あっても足りません。

しろばんば』同様、ドリフのコントのようなコミカルなテンポと人情の機微のバランスがたまりません。

 


もう子供ではない主人公は一貫して色白で高潔な女性が好きで、そういう人と知り合うたびに一方的に品定めをして一方的に失恋を繰り返します。その脳内コントもかわいい。そう、かわいいんですよね……。
「大丈夫だよ。君は惚れられたりしないから」と、大人になった著者が思春期の自分に話しかけながら書いているかのよう。勘違いと言い訳をそのまま再現して書けるって、自我と感情の情報分離処理力がすごいのだけど、太宰治のように自我のほうに軸足を置くのではなく、言い訳と感情のほうに軸があって、なのにやさしい。どぎつくないのに旨みはしっかりある感じ。

 


これは間違いなく名作です。よいです。沁みます。
タイトルがテーマになっていて、それが、ずっと大人になるまで貫かれて書かれています。
あすなろ物語」は、現代語に訳すと

 

 

  ワナビーズ・ストーリーズ

 

 

みたいな感じ。
「明日なろう(あすなろう→あすなろ)」は、ずばり、今でいう「ワナビー」。
性愛に対して耳をダンボにしながら斜に構えたり、気の強い女性からわかりやすくお尻を叩かれたらわかりやすく成果が出たり、意識高い系の痛々しい会話をしたり、自分の幸せを他人と比べずに達観したような人がいたり、大人になって固定されたその人らしさに見合った苦悩があったり・・・。

 

ユニークなキャラクター、比べ合い、うまいこといかない人情、戦争に行く人、行かない人、戦地で再会する人、帰ってくる人、こない人、交わされる詩的なメッセージ。
そういうものが、なんでこんなにも粋な物語集として編み込まれて一冊になるものかねと、読みはじめも読み終わりも、すべての章に「ええもん読ませてもらいました!」とお辞儀をしたくなる。

 


少年時代の記述にはなんとなくエーリッヒ・ケストナーっぽいところもあるのだけど、とにかく主人公の「色白で高潔な女性が好き」という一貫性のために、児童文学には寄っていきません(笑)。
大人になっても残っている子供っぽさを描くのがうまくて、なんか癒されちゃう。

 

 

そしてこれは余談ですが ──。
この本は中盤で出てくる登場人物に、「佐分利信子」「杉村春三郎」という人がいます。なんでそんな名前をつけるの。気になるじゃないの。

つい年代を調べてしまいました。

 

 

ちょっとこれ、わざとでしょ! 偶然なんてことある?! 

途中で脳内が小津映画のセリフ回しになっちゃって、自分の頭がおかしいのかと思ったけど、そうじゃないですよね。わたしの脳内オーディブルは文字列の影響で簡単にバグってモノマネが止まらなくなるから、こういうのはやめてほしいのです。


そんなわたしの頭の誤作動はさておき。

この時代の人間ドラマはテンポが良いところがいいですね。