うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

インド旅行記/中勘助の世界 ─『銀の匙』作者のその後 香本明世 著

1989年のインド旅行を記録した本です。旅の中で「王舎城の悲劇」でビンビサーラ王が幽閉されていたという牢獄跡に訪れており、関連して終盤の2割は中勘助という作家個人が掘り下げられています。
中勘助の「提婆達多」の後篇がこの物語を描いているから、というつながりですが、組み合わせ的にストライクゾーンだという人はどのくらいいるのでしょう。わたしにとっては迷わず振るしかないストライクだけど(見つけて即買い)、一般的には外角高めすぎなのでは? と思いながら楽しく読みました。
著者は89年に仏陀にまつわる場所を廻られています。それぞれの場所のレポートよりも、移動中のトラブルの話が印象に残ります。

日本人から見ると、インドでは、我々が日本で普通にイメージしているような具合には、ものごとの輪郭がはっきりしない。それはどうも、ものごとに対する彼らのとらえ方に、善悪という判断が入っていないためのように思われた。
(十二 真昼の流血さわぎ より)

このように公務員が悪いことをするのは、インドでは珍しいことではないらしい。それどころか、警官が一番悪いことをするという。たとえば殺人事件があった場合、インドは法治国家であるから、もちろん警察は犯人を追いかける。しかし個々の警官は必ずしも犯人逮捕を真の目的としているわけではなく、彼らは犯人を捕まえると
「逃がして欲しければいくら出すか?」
 と交渉するという。そしてその交渉はしばしば成立する。
(十五 ブダガヤ より)

俗に中国人商人1人で日本人商人3人分のしたたかさ、インド人商人1人で中国人商人3人分のしたたかさ、さらにアラブ人商人1人でインド人商人3人分のしたたかさだと言われているとのこと。私はこれを聞いて、例の夜行列車の中で我々の荷物を平然と通路に放り投げたアラブ人たちを思い出し、まことに納得できる俗説だなと感心した。
(二十四 インドの旅をふりかえって より)

最後の箇所を読んで、アラブに興味がわきました。どんな商法が見られるんだろ…。
警察の話などは1998年に出版された青山圭秀さんのインド旅行記愛と復讐の大地」の世界のよう。インド旅行で感じる不可解さは行くたびに慣れて少しずつ意外性は減ってはいるものの、実社会で目の当たりにする場面は、聖と善の感覚が当たり前にリンクしない。おもしろいと言っていられるのはまだ自分が危険な目に遭っていないからというだけ。

それでも、なぜか心は満たされる。ほんとうに不思議な国です。

 


終盤の付録「中勘助の世界」は、ちょうどインド三部作を読み終えたばかりだったので、それ以外の随筆からの抜粋が今後の読書に参考になりました。
中勘助が地獄のような家族関係の中で静かに築いていった思想にはとてつもない吸引力があるし、夏目漱石にその才能を見出されながらも木曜会に参加する議論パーリーピーポーではなかったところも素敵。いまでいう自粛警察のようなマインドを嫌う考えが示された箇所を著者も抜き出されていて、とてもうれしくなりました。
ここ、こういうとこ! ここがいいのよ中勘助は!

何よりも肝要なのは道徳心の無私であり純粋である。深く己れの凡下を省みず人間愛の不足をもって道徳的潔癖と過り、郷愿的偏狭に閉じ籠って他の放逸を嫉視するがごときは私の最も嫌悪するところである。
中勘助「妙子への手紙」序文より)

わたしは小説「提婆達多」を読むと、仏陀は悟る前も悟った後も人間愛は不足していたのでは…と思うところがあって、そのように考えさせるところも中勘助のいやらしい(←ほかの誉め言葉が見当たらない)ところなんですよね…。


それにしても、この組み合わせ! 銀の匙ぜんぜん関係ない(笑)