うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

2014年~2017年にバブルと競争激化があったと思われるリシケシ・ラムジュラ雑感

7年ぶりに2週間ほどインドのリシケシという場所で日々を過ごしたら、現地の人との会話で見えてきたことがありました。
リシケシではヨガのティーチャー・トレーニング・コース(TTC)という形式でのビジネス・バブルが2014年~2017年にあったようです。


今回はたまたま、わたしがまったくヨガを習ったことのないヨガスクール創設者とその友人Rさん(リアル国際ロマンス詐欺の人)から話を聞く機会がありました。それとは別に新たに知り合ったヨガスクールの人々との会話もあり、見えてきたこともありました。

今回いろいろな人と話しながら感じたことは、状況として以下のような人々がいたこと。

  • 先行者利益を得て、なお更新し続ける人(ブランドが確立した人)
  • 追随しつつ自分の色で付加価値をつけ拡げる人
  • ひたすら追随する人
  • 固定母数の見込める、すき間産業(小さなブルーオーシャン)を見つける人

 

今回の旅で「ひたすら追随する人」の話を聞くことが何度かありました。それは、わたしが日本でITバブル(ウェブサービスのさまざまな盛隆と終了)を見る経験をしながら感じてきたことと似ていました。

ひたすら追随する人はとても親切で気のいい人たちですが、どこかひがみ根性もあったりして、話す内容に気を使いました。街の人にとっては市場開拓者である人気講師に対して敬意が読み取れない話の流れもありました。
インドの人は噂話をかなりえげつなくやるし、外国人が相手だと思いっきりリサーチをかけてきます。練習の内容や指導力の話はそっちのけで組織の規模とお金の話をされると、きっついなぁということが何度かありました。


今回わたしの泊まっていた宿の周辺はまさにその明暗が色濃いエリアで、成功者ビッグ・スリーのように見られている人がいました。

 


 ウーシャ先生  スリンダー先生  カマル先生

 


ウーシャ先生のクラスは参加したことがないけれど、この先生のクラスを受けたくてリシケシへ行く友人が何人かいるので、名前だけは何度も耳にしています。スリンダー先生は先日紹介した通り魅力的な先生です。わたしが親方と呼んでいるカマル先生はこの三人のなかでは若い(まだ30代)せいか、個人名は出てこず「Tattvaaの彼」と言われていました。

 

今回の旅行記のはじめに、こんなことを書きました。

上記に書いた「経済成長とヨガTTビジネス」のなかで、わたしにいきなり「日本へヨガを教えに行ってあげてもいいよ」と言ってきたヨガ講師は、このビッグ・スリーの活動拠点と同じエリアで数年前にヨガスクールをはじめた人でした。

 

いきなり日本でクラスをやってあげてもいいよと言われたので、「リシケシのヨガ講師というだけで、習いたい人はどのくらいいるもんかな…」と答えてしまい、先方は少し機嫌を損ねてしまったようでした。そのときはRさんが「彼女は日本でオフィス・ワークをしている人だから、いきなりそんな話をしてもわからないよ」とその場をおさめてくれたのですが、わたしはわたしで「もっと説明してから打診して欲しい」と思っていました。ずいぶん生意気で不躾に見えただろうな…。と今となっては思います。
あとでRさんに「スリンダー先生が来月、日本ではじめてヨガクラスをやりにおいでになるって。スリンダー先生ほどの人でも、今年が初来日なんですって!」と話したら、内容はそっちのけで「そういう情報はどこで得ているんだ?」と質問されました。先生のスクールや日本食レストランへ行けばチラシが貼ってあるのですが、それを見ない地元の人は「どうやって告知をしているのか」というところが気になるようでした。


帰国後、わたしにいきなり「日本へヨガを教えに行ってあげてもいいよ」と言って機嫌を損ねてしまわれたかたのヨガスクールのウェブサイトを見てみました。驚きました。なんというか・・・、すごくコツコツ頑張っておられる。Googleの地図に表示されるレビュー1件1件お礼のコメントを入れ、まるで日本旅館がトラベル予約サイトの評判をあげるために手を尽くすのと同様の手法で頑張っている。
そしてなんと、そのエリアのいくつものヨガスクールがGoogleで高評価のレビューを集めるために頑張っているのでした。(そのピークがだいたい2017年)

 


── こんなことが起きていたのか!
その様子を見ながら、10年以上前の日本のEコマース・バブルを思い出しました。楽天市場で大成功した店のやり方を踏襲する店舗が雨後の筍のようにたくさん生まれたり、マッシュアップでウィンウィンだなどと軽く言う人がいた時代を思い出しました。

 


そのヨガスクール創設者のかたの努力はコツコツと目に見えるもので、専門家としての知識がたくさんあることも話していればわかるし、思い返せば話しかたも穏やかな人でした。だとしても、にしても。どうして「わたしのクラスを受けに来ないか?」とまず誘ってくれなかったのだろう。そのプロセスをすっ飛ばしてしまうのだろう。いきなり「日本へヨガを教えに行ってあげてもいいよ。コーディネートするかい? 売り上げは半分シェアで」で始まる話では、こちらも戸惑う。戸惑っていたら「おやおやおや? 君は0%でいいというのかい」とかぶせられてさらに固まってしまった。


それでも、その学校のカリキュラム構成をあらためて読んでみると、受けてみたくなるとても魅力的な内容です。そんなこんなでモヤモヤしていた矢先に、毎年リシケシへ練習に行っている友人が家に遊びに来てくれたのでこの話をしたら、そのかたの写真を見て「この先生、10年前にはもうリシケシでヨガを教えてたよ」と、その場所も教えてくれました。彼女は10年ほど前に日本の旅行者がよく行く有名なアシュラムでこの先生を見かけていて、名前も覚えていました。

 

彼女の話を聞いて、すっかり誤解の想像をたくましくしていたわたしは、ごめんなさいという気持ちになりました。わたしはたまたま、その講師の山っ気が強く出ているときに出会ってしまったみたい。

そしてこの山っ気を嫌う気持ちもまた日本人的というか、わたしのアイデンティティの一面であるよなと、最近そんなことをよく考えています。

 

 

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美しい花の咲くこの場所でもあの場所でも、人生いろいろ咲き乱れてる。