リゾートホテル経営のノウハウからの指南書。「お・も・て・な・し」の影響でホスピタリティ・マーケティングというタイトルをつけたのかな。わたしはそれよりも、この本の中盤にある
マーケティングの理論上、顧客とリピーターとは、相違すると考えているのである。(157ページ)
という指標が好き。
この著者さんの理論で、リピーターは「一回以上利用している」「利用客についてホテルが把握している情報が少ない」と定義されていて、顧客はそれ以上に客とホテル側に "相互認知" があるとされます。顧客とは違う「浮客(フキャク)」についての考え方もふくめて、こういう独自のセグメントはとても重要だと思う。
この著者さんのいう「浮客」は狩猟型消費行動で、ライフスタイルを楽しくするというよりは、消費を楽しくする事が目的だという。そして、そのなかから「顧客」になっていく人もいるという。(記述は162ページ)
ヨガも、ワークショップを消費するように楽しむ人と、練習&観察に重きを置く人がいますね。
著者さんはニューヨークでのホテル勤務経験を経て、階級社会の根づかない日本でのデモグラフィック・マーケティングには意味のないことを指摘します。そして儒教的な概念にしばられる日本人に向けたサービスを常に考える。
わたしはウェブサービスの説明でもヨガの指導でも「儒教的な観念にしばられる日本人に向けた示しかた」をすごく重要と考えているので、この本の序盤でこの見方が出てきたのがよかった。よく考えると、リゾート・ホテルこそまさにこの観念のハードルが大きいマーケットなんですよね。
ホテルが題材なので、クレーム対応についてのスタンスも興味深い内容がたくさんか書かれています。
接客のプロとは、客が理不尽なリクエストや、いわれなき罵倒をするのは、彼らがストレスを溜め込み、はけ口がなくなって、自分たちにぶつけているのだと思考するものだ。自分はそういう仕事を選んだのだという事である。この事は他のいかなる仕事にも当てはまる。ホテルだけではない、一般企業においても、「プロの哲学」が存在するはずである。
(310ページ「哲学なくして接客なし」より)
クレームに対する考え方については別途あとで一部を紹介します。
これはずっとメモしておきたい。と思ったのは、ここ。
職の技術とは、料理長やソムリエに代表されるように、国際的な視野と知識、文化的・芸術的感性、コミュニティに対する理解、指導力、行動力を指し、これらを日頃から意識的に鍛え向上させていかねばならない。
(312ページ「技術はチームプレーで体現させる」より)
ぜんぶ重要ね。そして、楽しめないと無理ね。
ほかにも、ここをメモしたいと思いました(以下は要約/順は意図的に入れ替え)
- 重要なのは、理論に裏打ちされたプロらしい対応。(154ページ)
- 日常では経験できない、少し背伸びをしたアクティブな体験をサポート。(165ページ)
- 音を発生させるという事は、技術不足の問題と考える人が多いが、それが全てではない。サービス哲学がないことが原因。(116ページ)
- オペレーションが意識しなければならないのは、「静」と「動」のサービスの共存である。忙しいからといって、組織の上から下までバタバタと動き回るのはプロではない。(117ページ)
- 一般的に、マーケティングは企画担当で、オペレーションは接客をしていればいいという棲み分けがされているものだが、私の場合は接遇もマーケティング活動の一環として、マーケティング・ビークルの中へ入れている。(67ページ)
このホテルはのちに洞爺湖サミットの会場になったりするのだけど、そもそもホテルのありかたの考え方が、こうだった。
<137ページ ターゲットは東京と香港 より>
政財界トップに関して言えば、そのほとんどが男性陣であり、通常であれば、彼らは流行の新情報というものは、会社の女性社員や、奥様やお嬢様から聞き及ぶものである。しかし、彼女らよりも先に、社長やお父さんの立場にある人が、その情報を手にしたら ──。きっと「ウィンザーって知っているかい? 今度みんなを連れて行ってやるよ」と得意気分で言えることだろう。そんな微笑ましい光景を想像しながら、それにふざわしいホテル創りに邁進したわけである。
「連れて行ってやる」と得意気分で言える。と、ここまで明確にしている。明確にした内容そのものよりも、明確にすることが大切なのだろうな。
<64ページ 営業部は常に戦略に立ち返れ より>
特に付加価値を主力商品とするホテルを売る営業マンは、価格設定にはより慎重に、戦略的に取り組まなくてはならない。なぜなら、「価格は戦略」そのものだからである。
片や1室5万円で宿泊、片や飛行機代付きで35000円で宿泊できるとなると、ライフスタイルも雰囲気も全く異なる客層が同じ空間に押し込められることになる。このような、双方にとって居心地の悪い空間など、ホテルとして提供すべきものではないだろう。
わたしは、同じ空間に非常に民度の高い集まりを見たときに「ごめんなさい」という気持ちになったことがある。「提供すべきではない空間」という意識は重要だなぁ。
<143ページ 戦略は常にシンプル〜開業時の目標はサミット開催〜 より>
開業6年目にして、この夢が現実になるとは考えていなかった。しかし、これは若いスタッフたちの士気を高める、ことは勿論であるが、特に中途採用のホテルマン達のある種のニヒリズムに対抗する処置でもあった。(中略)
部下がネガティブな考えを持ったとしても、それに同調してしまうようなマネージャーが多かったのである。
ものすごく苦労されている経験がもとになっているので、かなり沁みますよ。
<247ページ 21世紀の企業トップの理想像 より>
米国ではマネジメント・トレイニー制度(幹部候補指導制度)があり、大抵の場合、トップに就く前までに、ホテルのあらゆる実務、人材、顧客情報に精通していることが求められる。しかし日本では、経営風土上、そのシステムがとられているケースは少ない。トップや、総支配人に就任する人物は、得意な分野が偏向していることが多く、オールラウンドの経験を持つ者は少ない。従って、経験が薄い部門や、得意でない部門の問題に対して判断を求められた時、自分でも気付かぬうちに、担当者に過剰に依存してしまう傾向があるのだ。
「担当者に過剰に依存」される側だとよくわかる。そこ頼っちゃダメなところだよと思う。
この本は5章立てで、第三章が「ITがもたらした功罪」という名前だったので買いました。高級レストランとリゾートorラグジュアリー・ホテル事業は、ITの弊害をたくさん受けているはず。怒っていなきゃ嘘だと思うんです。
<201ページ モンスター化する客 より>
海外では、こういった場合、まずは、他の客の環境を壊す行為を正す法律が優先される。"環境権は等しく購買され、提供する側はその権利を優先するために最善を尽くす事が義務である" と「ロー・オブ・インキーパーズ(The Lows of Innke EP ears)」に明記されている。いわゆるホテルの宿泊法に従うと、迷惑客を排除する権利(The rights of Eviction)が存在するのである。
ここ、たぶんターゲット的に紐付ける先は間違っているのだけど、スカイマークのサービスコンセプトは考え方として似ていると思う。(リンクはNaverまとめ)
<205ページ なぜ訴訟という手段を取ったか より>
確かに法的処置をすれば、それなりの費用は掛かるが、それは、従業員の将来の夢を広げたり、毅然として対応をするのがプロであるという意識付けをすることとなり、更には、モンスター化した客を、これ上、業界内に増殖させないための投資であると考えるべきである。
金さえ支払えば、何を言っても、何をやってもいいだろいうという、非社会的な行動を促進したのも、ITの一つの特徴であろう。
可視化しただけではなく、促進したと。こういう声が高級なサービスを提供する人たちから出てこないと、やっぱり嘘だと思うんですよね。
わたしはウェブ・コミュニティ・サービスに関わっていますが、「民度」というのは見ていてつくづく、考えさせられるものがあります。ヨガの世界に置き換えても同じ。いずれにせよそこに哲学がなければ流される。
そういう根底のところで、すごく心の支えになるフレーズの多い一冊でした。