うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

向田邦子ベスト・エッセイ 向田邦子 著

いやぁ、笑った。どうにもこうにもおもしろい。
友人の本棚の写真を見たのをきっかけに読み始めた向田邦子エッセイの二冊目。
何度か「いまコーヒーを口に含んでいなくてよかった!」と思うくらい吹き出してしまい、危うく惨事になるところでした。ふと差し込まれる状況の擬人化がいちいちおかしくて。

 

著者の母親の世代はまだ着物で、靴を履くようになったのが大人になってずいぶん経ってからだという話でしんみりしていると、だから昔の人は足の親指と人差し指の間が広いという展開になり、すごい人の足は間にゴムを張ればパチンコが出来るくらいで…と爆笑させられる。そして話は進む。え、これオチに持ってくるくらいのネタじゃないの。ただの状況説明なの? しれっとしてるのねぇ。クール!

 

骨董市へ行くとつい買ってしまうという話も最高で、台所で事前に食器がありすぎることを目視して念押しするというところまでは堅実なライフハック。聡明な人という印象です。それが、骨董市会場に入ったとたんにあまりの商品量で思考停止してしまう。その切り替わりの瞬間を集団見合いに喩えて話が進みます。個々の確認が甘くなるのです、以上! と、著者は読者の腹筋の痙攣なんかおかまいなしでどんどん買う。クール!


「水羊羹」も名作です。冒頭のつかみから途中の盛り上がり、そして終盤でちょっと意地悪さも覗かせる。完璧じゃないか。盛り上がりのところはその陶酔ぷりに狂気すら感じる。この筆の乗り方と勢いは、なんだか有名なアダルトビデオの監督のよう…。ナイスでクール!


このほかにも、家族に手を振ろうとしたら相手がお辞儀をしてきて意表をつかれ、こっちがお辞儀につられたのだけど手の動きが残って天皇陛下みたいになってしまったとか、そういう小さなバグの説明でもいちいち爆笑させられる。


──と、こんな調子で久々に何度も笑いました。何度もクールクールと書いたけれど、この作家のエッセイのなにがいいって、有名人とのエピソードの差し込まれかたです。登場人物ひとりひとりのキャラクターが笑いを誘う。けっしておかしな褒め方はしない。いろんな人間の能力や矛盾を吞み込んだ上で再構成するのがじょうずなんだなぁ。
友人とのエピソードを語るときに不自然な濃度の褒め表現を採用する人を見ると、この人は自分を引き立てるアクセサリーとして友人をこんなふうに利用するのか…、となってゾッとすることがあるけれど、その対極の安心感とおもしろさ。ひとつひとつのエピソードがショート・コントとして仕上がっている。

 

人間が無意識に漏らす雑さや意地の悪さまで正直に表明しながら、笑いをフックに自身の "こだわりの沼" に読者を連れて行く。ちょっとこの技術は魔女っ子のレベルじゃないかと思う。魔女じゃなくて、魔女っ子。わたしは水羊羹を食べたくはならなかったけれど、水羊羹と頭の中で発音しただけで口角が上がる程度には魔法がかかりました。
この本でまた読むことになった「黄色い服」「手袋をさがす」は、わたしにとって聖書のエピソードの域。何度読んでも余韻が続く。自虐で自分を守るフレーズを多くの人が使うようになったいまの時代に読むと、この文章表現の力に一瞬息が止まります。

 

向田邦子ベスト・エッセイ (ちくま文庫)

向田邦子ベスト・エッセイ (ちくま文庫)