よく知らないまま読みはじめて、途中で「あの人か!」となりました。(清水ミチコさんのモノマネで知っていた人でした)
エッセイと対談、インタビューが掲載されています。
野上さんは黒澤映画のスクリプター(記録係)。だけどわたしは黒澤明監督の映画を観たことがありません。
数年前に原節子さま目当てで観た映画『東京の恋人』に出演されていた三船敏郎さんが素敵すぎて、「これはやばい。惚れてしまう。沼だ」と思って以来、黒澤映画(というか、三船敏郎さん)を遠ざけてきました。
なので映画の話の部分はよく知らないのですが、それを抜きにしてもおもしろすぎます。
出版社、映画会社、広告会社で仕事をし、文章も書き、自伝・回顧録は映画化され、長生きされているのでお話の様子をYoutubeで見ることもできます。
この本をきっかけに、わたくしこのたび、苗字にちゃん付けで呼ぶ業界人の喋り方を嫌うことをやめました。
先日若尾さまの本を読んで、カメラをキャメラと言う人を嫌うことをやめたばかりなのですが、いいじゃないか苗字にちゃん付けで!
野上さんが「ミフネちゃん」と言うのがいい。最高にいい。
わたしがおもしろく感じて付箋を貼ったエピソードは、こんなエピソードです。
- 戦後すぐに「人民新聞」で活動していた時に、同じ組織にいたいわさきちひろさんの印象の話(P23)
- そのあと「八雲書店」に入社して井伏鱒二、坂口安吾、石川淳、内田百間のところへ原稿を取りに行っていた話(P25)
- ただ太宰治に会いたくて、仕事と関係なくお手製のプレゼント持って太宰治の家へ行ったらあっさり本人に会えた話(P170)
- 映画の仕事の後に「サン・アド」に入社していた頃の話(P115)
- 「サン・アド」時代に向田邦子さんと一瞬電話で話したことがあるという話(P126)
- 作家・井伏鱒二とのさまざまなエピソード(随所にある)の中でも、何気にロス疑惑のニュースに興味津々だったという話(P128)
黒澤監督の話を抜きにしてもユニークです。
野上さんは、映画監督・伊丹万作氏の遺児・岳彦さんの世話役を引き受けて一緒に住んでいた時期があって、その岳彦さんというのが伊丹十三さん。もう、なにがなんだか、わたしでも知っているくらい有名な人ばかり出てきます。
人生経験からサラッと差し込まれる数行の言葉がどれも、中心をあっさり刺してくる。
大体、男は女性関係でも仕事でも、自分の値打ちを確認したいためなんだからね、相手を替えて褒められたりするのが好きで、男の原動力は見栄と嫉妬じゃないかと思うのは、現在のわたしの感想です。(P85)
これは、伊丹十三さんと前妻のエピソードの流れにしれっと差し込まれています。
以下は外国での仕事経験について語られる際の、ほんの数行です。
足かけ三年もいますと、やっぱり女というのは愛情の捌け口がいるんですよ。男もそうかも知れないけれど、女の方が生理的だからね。年齢をとるのもいいもんだ、と思うのは、その生理が無くなることね。そりゃ悲しむ人もいるんだろうけど、戦争が終わった時みたいな、この解放感。もう空襲はないんだ、という喜びはありましたね。(P137)
空襲の喩えをこの展開で使う人をはじめて見ました。
この本は映画好きの90代のお爺さんからの、間接的ないただきもの。
わたしのヨガの先輩がいま高齢者向け運動施設で働いていて、そこへ通っているお爺さんからどっさり映画の本を「捨ててくれてもいいから」と渡されたそうで、それが全冊うちへ来ました。
こんなふうに渡してもらえなければ、野上さんの本を読むことはなかったと思います。ありがたいことです。
題字もイラストもご本人のもの。センスありすぎです。