うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

目の眩んだ者たちの国家 キム・エラン、パク・ミンギュほか 矢島暁子(翻訳)

わたしにはいくつか、覚えている事件があります。こういうのってどうしてそのままになるのだろう? あんな大きな物が海の中にあるとされていて、なにも見つからないなんてことってあるのだろうか? と不思議でならないマレーシア航空機墜落事故。

そして、別の理由でよくわからなかったのが韓国のセウォル号沈没事件。ほかにもある気がするけれど、この二つは日本でもわりと報じられていたからまだ少し覚えていました。
この本は2014年にセウォル号が沈没してから1ヶ月〜数ヶ月のあいだに12人の作家・評論家・学者によって書かれた文章が日本語訳されたもの。「誰でもない」「野蛮なアリスさん」の著者ファン・ジョンウンさんの文章もありました。

この光景はなぜこんなに見慣れているのだろう。質問のない人生、想像しない人生、自分のこと以外には無関心な人生。いつもそんなふうに生きている人生、つまり毎日をできるだけ楽に生きていく人生。
(「かろうじて、人間」ファン・ジョンウン著)

もともとこの作家は個人のなかで感情が死んでいく様子を上手に書く人だと思っていたけれど、どうやらセウォル号については事情が特別。


ほかの作家の文章を読むと、国家に対する絶望感がぐいぐい迫ってきます。

冷静で落ち着いていて協力的な人は無惨にも死ぬしかない、というこの真実は、経済成長という化粧の下に隠された韓国社会の素顔なのかもしれない。この素顔と向き合うのはそれほど衝撃的というわけではない。私の知る限り、どのみち韓国社会はもともとそんな顔だった。でも、あきれたことに、あるいは迂闊にも、時間が流れるというだけでその顔がだんだん良くなると思っていたことが恥ずかしい。それは歳をとるというだけで人間が賢くなると錯覚するのと同じことだ。なぜそのような錯覚をしてしまったのだろうか。それは、進歩というものについて、私たちに考え違いがあるからなのだ。
(「さあ、もう一度言ってくれ、テイレシアスよ」キム・ヨンス著)

どうやら韓国は日本以上に自己責任論が進んでいて、そしてその状態に限界を感じている人も多いみたい。韓国の人たちにとってセウォル号事件は、なにかの象徴に感じられるものだったようです。


ほかの作家の文章を読むと、国家に対する絶望はさらに深まってきます。

 沈んだセウォル号の中から一台のノートパソコンが見つかり、そこから、事故の一年前、国家情報院が就航前のセウォル号を細かく検査し、改善を指示した内容をまとめた文書ファイルが出てきた。セウォル号の本当の所有者が国家情報院ではないかという疑惑が生じ、国家情報院はただちにこれに答えた。その答えも嘘だった。事故で死亡したためファイル作成の経緯などは不明であると、文書作成者として国家情報院が名指しした船員は、文書作成日の後に入社していたことがわかったのだ。
(「目の眩んだ者たちの国家」パク・ミンギュ著)

これはなんだか既視感があります。日本も公文書が改ざんされて、しかもそのニュースに慣れてしまって「またか」という感覚でいる。


いよいよ他人事ではない感じ…。ほかの作家の文章を読むと、国家に対する絶望への共感がさらに深まってしまいます。

 私たちが思う存分憐れみを感じられるのは、苦痛を受ける人たちの状況に私たち自身が何の責任もないと思うときだけだ。ところがあの日以降、私たちはそう感じることができない。私たちは交通事故の死亡者をかわいそうだと思うことはできるが、それと同じようにセウォル号の犠牲者たちをかわいそうだと思うことができない。
(「私たちの憐れみは正午の影のように短く、私たちの羞恥心は真夜中の影のように長い」チン・ウニョン著)

このあたりの細かいニュアンスや自責感情はわからないのだけど、どのテキストにも自己責任論社会の今後について主体性を持って立ち向かうしかない強い危機感が感じられます。


危機感が重すぎて一周回って涼しい文章になってしまったような、以下の文章はかなり印象に残りました。

本稿で与えられた個人のレベルの話に限って言うとすれば、私が最も強く感じるのは、なんだかんだ言っても、とりあえず一人ひとりがもう少し性能の良い部品にならなければならないということだ。
 社会の歯車になって決められたレールの上を走るだけの人生は惨めだ、とは昔からよくいわれるが、その歯車が、性能の落ちる見かけ倒しの歯車になっているという事実を悟るのは、また別の意味で衝撃的なことだ。そんな見かけだけの部品があまりにも増えており、もっともっと増えていくに違いないこれからのことを考えると。
(「誰が答えるのか?」ペ・ミョンフン著)

この考えは、冒頭で引用した「かろうじて、人間」でファン・ジョンウンさんが書いている「質問のない人生、想像しない人生」と課題観が似ています。
ペ・ミョンフンさんは以下のように書いています。

 無人島に閉じ込められた二人がいる。一人は服を作ることができ、一人はパンを作ることができる。二人の関係が平和なとき、彼らはそれぞれパンと服を作って仲良く交換する。ならばここにはいかなる力学関係もないのか。そうではない。二人の関係性にねじれが生じたとたんに、その平和な状態を支えていた二つの柱に妙な力学関係が作用していたということが露見する。服は着なくても生きていられるが、パンは食べないわけにはいかない。パンを作る人が関係を壊さないだろうかと、服を作る人が気を揉んでいる関係。それが、事故のない「平和な状態」の本質なのだ。それは思考実験の上だけの話ではない。
(「誰が答えるのか?」ペ・ミョンフン著)

この文章の「力学関係」がとてもひっかかりました。「力関係」ではなく、「力学関係」なんですよね…。力学が関係してしまっている。


この本を読んで、どうにも紐解けないけれど確実にある問題の存在と、そこから起こる絶望について考えるとき、自分にはまだ言葉の力がなさすぎるとつくづく感じました。おもねるんですよね。しかもおもねっている相手も、たいして性能がよいわけでもない部品仲間。「させていただいている」と言っておけば謙遜したことになっていると思いこんでいる雑な部品たち。そしてその仲間であるわたし。


たいして性能がよいわけでもない部品は、言葉の選びかもそれなり。わたしはわたしのことを「気さくな人」と評価してくれる人に対して、こちらからは親しみの感情を抱くことができないのはなぜだろうと、一時期それについて考えたことがあります。これまでは「気さく=要望に応じる」の意味で使われているからだと思って単純にがっかりしていました。でも、違った。わたしは、わたしのことを「気さくな人」と言うからには、自分のことを理解してほしいという気持ちがあった。
そのことに、以下の文章を読んで気がつきました。

「理解」とは、他人の中に入っていってその人の内面に触れ、魂を覗き見ることではなく、その人の外側に立つしかできないこと、完全に一体にはなれないことを謙虚に認め、その違いを肌で感じていく過程だったのかもしれない。その上で、少しずつ相手との距離を縮めていって、「近く」から「すぐ隣」になることなのではないか。
(訳者あとがき より)

この本を読むと、セウォル号事件がなぜ韓国の人たちの心にダメージを与えたのかを感じながら「そのダメージを知っている」という気持ちがたまに起こります。

自分は日本にいるから鈍感でいられているのか、そもそもそこまでの部品なのか。そんな思いが何度か行ったり来たりしながら、この鈍感さとそのなかで滅びていく感覚がとてもリアルでドキドキしました。誠実そうな言葉を発しながら沈んでいく感覚を疑似体験できる。

この本の中にある文章を読みながら、韓国の作家の言葉の底力と、自分の弱さを見つめる力に圧倒されました。沈んでたまるかという戦闘的な気持ちを立ち上げるのは、とてもむずかしい。わたしには、とてもむずかしいことです。