うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

正直 松浦弥太郎 著


いつも仕事の世界の海を素手で泳いでいたり、オールを手にボートを漕いでいるような感じのする人がすきで、わたしはメンタル面でそういう人をお手本にしているところがある。
わたしにとってそういう存在のひとりだった松浦弥太郎さんがクックパッドという巨大船に乗ることにしたというニュースは、ちょっとした衝撃だった。それが、2015年のこと。
そのころこの本を書店で見かけて、すごく読みたいと思っていたのだけど、当時はあまりその角度からの影響を受けたくなかったこともあり "いま食いついてはいけない" という思いで見送っていた。そして先日、書店で文庫版が出ているのを見て、即買い。この2年半の間に、わたしにも少し変化があったのかな。


毎度ながらひらがなが多くて、まろやか。なのに、スパイスがしっかり存在している本格チャイの味。ミルクたっぷりのなかに見逃せない刺激があって、生姜とコショウの味を感じる。
かつてのエッセイはていねいじゃない意識を批判するような、そういう気持ちが見え隠れするところを感じて、それが刺激でもあり魅力でもあった。でも今回に至ってはなんだかチャレンジャー側の視点での謙虚さがキラキラして見える。かといってテクノロジー礼賛にいきなり振り切ることもなく「すてきにがんばる伯父さん」というキャラクターを確立しはじめている感すらある。野心に触れているトピックもある。そしてやっぱりどうにも、少し怒りが透けて見えるところが、相変わらず不思議な魅力。


ひとつ、すごく気持ちをつかまれる発見があった。
こんなに長く自分のスタイルで文章を書いている人でも、その業界の雰囲気をまとった言葉づかいに変わったりするのだということ。「仕事の精度を高めたい」という文章は、読んでいて「どうしたの」と思うような文章で、人の意識や思想が移行していくときって、こういうふうになるものなんだなと、興味深く読みました。
新しい彼とつきあいはじめた女の子のファッションやボキャブラリが変わるような、そういう変化にも似ているのだけど、感化とは違う。やっぱり、同化のほうが近い。そういうところもそのまま「正直」というタイトルに結びつく。正直にならざるをえない時期に書く文章に「正直」とつけておくのは、リスクヘッジのやりかたとしてとても精度が高い。
以前はこんな表現をしなかったのでは? と思うようなところもあって、それでもそこは「ひらがな」なのねという感じで、付箋を貼った。とてもよい言葉。

 大人になればなるほど、人はやわらかさをなくすから、自分と違う意見にふれて、ぼこぼこに叩かれたり、存分に揉まれたほうがいい。
(すてきな喧嘩を心得る より)

「ぼこぼこ」だと叩かれてる感がないのがおもしろい。



「人を助けるもの」は何か という章にあった、この言葉もすき。

 心に効き目があるものは、人を助ける。

この本も、多くの人に効き目がある。効き目って、ひらがなにしたら効かなそう。この一行、やっぱりていねいだ。


さまざまな商慣習のなかでどうやって自分を保つか、どうやって自分を捨てるか、そのあたりの微妙なところが揺れたまま書かれていて、揺れたまま書かれたもののほうが、いいじゃないの! と感慨深かった。
新たに足を踏み入れた世界を肯定的に見ようとする努力も、なんだかリアル。いろいろ、文章に「正直」があふれてる。マイルドなのに、ぐいぐいくるよ。



追記:2020年に再読しました
uchikoyoga.hatenablog.com