うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

「胸落ち」。背骨の尖りと、身体が自然に求める動き

ギザギザハートの猫
ダンサーの友人の、そのときどきの背骨を観察して以来、自分のことも同じように観るようになりました。
「大先輩たちと練習を重ねて、いよいよあす収録なの」という日の彼女の胸の裏は、たいへんなことになっていた。この落書きの猫のようなことに(とりあえず近くにあった紙ナプキンに描いてみました)。


その後何年か観察をしていくうちに、ダンサーの彼女ほどまではいかないまでも、自分にも同じ兆候が強く出ることがあることに気がつきました。
胸椎が尖る感じです。この背景にはざっくり、2種類あります。


■周囲に影響することが明確な組織ワークをするときや、次にバトンを待っている人のいる、締め切りのあるものを抱えているとき。(ダンサーの友人の状態に似ている)

■やらなくてはいけないとされていることが、実は腹落ちしていないのだけど、「とりあえずの義務感」があるとき。


前者の場合は胸の裏がしなった板のようで、こわばるような感じ。後者の場合は、背骨自体が太く大きくなっているような感じ。
状況的に前者と後者が混ざっている時もある。とりあえずにはなっちゃうのだけど、締め切りがあるし。といったようなときは、背骨が岩になったような感じがする。何かの感情に対峙して、違和感の理由を半分は自分なりにわかっているのだけど、仮に腹落ちさせるための材料を探しながらやりくりしているとき。
こういうときは、結局「腹落ち」できておらず、「胸落ち」で止まっている。
のどから胸まで落とせただけでも、じゅうぶんオトナってことにしておきましょう。みんなそうやって、やりくりしているのです。



そんなときも、身体は正直です。


これは、いわゆるパスチモッターナ・アーサナ。前屈です。
わたしは一般的には、やわらかい人ということになるのだと思うのですが、そんなやわらかい人でも、ひっくり返すと


胸の裏が尖っていると感じるのです。ギザギザです。
ギザギザハートなんです。
肘を開いて手を足首にかけて上半身を脱力すると、さらに下半身の重みが背骨にかかって気持よい。
首に近いところと、胸の谷間の裏くらいのところにギザギザポイントがあります。
それぞれに気持よさがあり、ジーンと体重を預けていると、尖った背骨が少しずつ溶けて丸くなるような、そんな「ほぐし」を感じます。これを発見してから、よくやるようになりました。


こういうことをしていると、よくインストラクターさんが声をかけてくれます。
「わかるー、それ、気持ちいいよね」と。


「わかりますか。ではどこが気持ちいいか、やってみてください」
「はーい」(素直なインストラクターさん)
自分なりに気持のよいところで止まってみて、と。頼んでみると


さすが、ポイントが細かい!
おおむねポイントは同じなのだけど、彼女の場合は腕を上げているほうが気持がよいそうです。


どれどれ

なるほどね。
肩甲骨をとにかく中央に寄せて緊張している私は、背中を真横に開きやすい体勢が気持ちよい。
肩甲骨を寄せつつ下げて緊張している彼女は、素直にずりあがる手の位置が気持ちよい。


ちなみに


彼女のとんがりポイントは、うちこよりも胸椎ふたつぶんほど上のほうでした。



こういう微妙な違いを見るのは、とてもおもしろい。
「ああこの人は、いまここが尖っているんだろうな」と思って触ってみるとやっぱり尖っていて、人によって微妙に位置の上下が違います。意地っ張りな頑張り屋さんは5番。対象はないのだけどぼんやりと人の評価が気になってしまう人は、それよりも少し下の位置がこわばっている傾向があるように思います。
大臀部にも同じ現象があるのだけれど、わかりやすい裏胸椎のほうは誰でも自分でできるので、「最近プレッシャーが多いな」と思うときに、ぜひやってみてください。胸椎の何番かが爆発的に尖っているかもしれません。
いまいちなマッサージへ行くよりも、こうやって自分で観るほうがずっとよかったりします。



膝裏が硬いから、転がっちゃってできない! という人は・・・
体育座りで顎を少し引いたまま、腹筋でなんとかコントロールしながらやるとよいですよ。少しというのがポイントです。顎を引くというよりも、出さないように気をつける程度。
顎を出さないと転がれない人は、少しあばらを閉じようとしながらやると、やりやすいはず。
(慣れるまでは横を見ないように、寝違いみたいな怪我をしないように気をつけてくださいね)