ちょっとギョッとするようなタイトルですが、どうぞご心配なく。
この本は少し前に読んだ、横尾忠則さんの本の内容のおもしろさに驚き、どうやったらこんな話を引きだせるの?! と思ってたどり着いた、その本のインタビュアーさんの著作です。
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この本のインタビューをされていたのが生駒芳子さんと知り、この『神経衰弱ギリギリの妊婦たちへ』というエッセイにたどり着きました。
まーどうにもこれが、リアルな女性の葛藤の文章化のうまいことったらないのです。グイッと引き込まれて一気に読んでしまいました。
いまから約30年前に、40歳手前で出産をされた著者の経験が綴られています。
ここに書かれているお医者さんとの対談の内容から、当時の状況や常識とされていたことがわかり、自分が社会人になってから仕事にありつくことに必死で見てこなかった妊娠出産世界を教えてもらう、そんな発見がありました。
感覚の鋭い人が書く人生の振り返り文章って、魅力的なんですよね・・・。
しかもタイトルの背景とこの本の世界のつながりかたも素敵で。
タイトル「神経衰弱ギリギリの妊婦たちへ」は、スペインの映画監督アルモドバルの作品「神経衰弱ぎりぎりの女たち」に敬意を表してつけたフレーズである。この作品には人間の精神の不条理さ、女性の神経や生理の臨界点が描かれていて、つねづね、そうだよね、この感覚だよね、と親近感を感じ続けてきた体験がそのベースにある。
こどもという存在。家族の手応え。”親” との再会。祖母を通して得た「老い」へのリアリティ。主婦や家事ということの意味。などなど、妊娠・出産を経て、私の意識の中の「リアリティ」の窓は、いくつとなく開いていった。
(イントロダクション より)
気になって映画『神経衰弱ぎりぎりの女たち』も観たのですが、さまざまな伏線確認のために二度観て、この映画のオチにおおっという粋な驚きがありました。
(amazonで観ることができます)
↑めっちゃおもしろですよこれ。
この本(神経衰弱ギリギリの妊婦たちへ)は状況を要約すると、30年前の青山や表参道のあたりで活動していそうな目黒区在住の超バリキャリ女性の高齢出産物語。
夫、姉、夫の母、自分の実家、出産経験者の友人、あらゆる身近な人の助けを得ながら苦労が綴られているのですが、不安の分解を職業病的に脳内で言葉にされていて、さすがだな、と思う段落がたくさんありました。
このさすがな感じは、川上未映子さんの『きみは赤ちゃん』を読んで以来の感動です。川上さんの世代よりもバブル時代の色が濃くパンチがあって、いろいろストレート。
妊娠は、自らの肉体を駆使して行う一大イベントである。しかし主役の座は自分にではなく、あくまでもおなかの中にいるこどもにある。ここにも、盲点があった。
どんなときにも自分が主役であると考えがちな身には、妊娠における主役がじつは自分ではなくこどもであるということが、すぐには理解できない。理屈の上では理解しているつもりでも、現実のこととしては認識しえないのだ。
(切迫流産。即、入院! より)
それにしても、高齢出産のためのアドバイスというものは、なかなか書かれていないものだなあ、増えているはずなのに、と思う。まして、働く女性の特質を考慮した妊娠の手引書というものは、どうやらまだ存在していないようだ。拡大解釈、深読み、浅読み、妄想、徹底解明。働くことの好きな女性の陥りがちな性癖を考慮した妊娠の手引書があってもいいのではないか。いっそ企画しようかしら、などと勝手に考えたりもしてみる。
(牛のように暮らす日々 より)
このエッセイ全般に “働くことの好きな女性の陥りがちな性癖” のおかしみがあって、テンポも良くてどんどん読まされます。
あとがきには、こんなエピソードが書かれていました。
お子さんが二歳の時に出張旅行があって、姉に預けようとしたら以下の返しあり、結果連れて行ってよかったという話が綴られています。
このお姉さんからのアドバイスもすばらしくて。
「二歳前後は難しい時期なのよ。言葉が話せないのに、意識ははっきりしてきてるから、自分の意志が伝わらなくてイライラしてる時期。親と離れて過ごすのは、ものすごくストレスだと思うのよ」というのが、姉の判断であった。
(あとがき より)
大人でも、意識ははっきりしているけれど言葉が繋げられなくてもどかしくなることはあって、よくモヤモヤするという言いかたをする人がいるけれど、それが言葉を持たない状況で起こっていると思うと、言葉を得た状態では想像できない。
そう思うと、この説明の鮮やかさとスマートさが響く。
子どもの立場で大人の脳みそを使ってストレスを説明しているのがいいんですよね・・・。
著者がさまざまなアドバイスをポジティブな視点で解釈し直して書かれているので、読んでいて気持ちがよいです。解釈し直すプロセスも読み取りやすい文章。
背景や状況説明が簡潔でうまいなぁと唸りました。