うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

おはん 宇野千代 著


想像以上のおもしろさでした。なんでいままで読まなかったのだろう。わたしにとって宇野千代さんは、ハンカチの人でもなく文学作家でもなくエッセイストのイメージ。 "ものすごく恋愛経験が豊富でおしゃれなヨガのおばあさん" を追いかけたくて、小説以外の本ばかり読んでいたのでした。
この物語「おはん」は架空の方言、架空の町。すべてが創作のうえ不思議な仮名遣いのようなものが時々混ざります。もう文体からして持っていかれる。しかも内容が濃すぎる。なのに小説としては短い。この短くて濃い話をつくるのに(書いた、というよりも創ったとかデザインしたという言葉がしっくりくる)10年かかったそうで、最初と最後の文章の一貫性がむしろすごいともいえます。


たとえば太宰治の小説を読みながら、女性の何割かは「そら、この太宰治という作家はモテるわな…」というようなことを感じると思うのですが、この「おはん」という小説を男性が読んだら「そら、この宇野千代という作家はモテるわな…」と思うことでしょう。読めばわかります。
見たけど見なかったことにしたい、言ったけど言ってないことにしたい、やったけどやっていないことにしたい。そういう身勝手な思いの描き方がとにかくどこまでも緻密で、ページをめくるたびに「うわぁ」とため息をつくような、そんな濃さ。他人の中で起こる妄想と幻想と記憶の紐づけの原理をこんなにもゾクゾク追体験させてくれる小説は、江戸川乱歩人間椅子以来かも。自我の部分をうまく「文体」「方言」に負荷分散し、ストーリーの中にエクスキューズが多くなりすぎず、とにかくリズムよく読ませているのがすばらしく、すごい設計です。これはデザインであり、魔術。


わたしはかつて宇野千代さんのエッセイの中で見つけた "自尊心を、ちょっとどこかへ隠す" という表現が好きでずっと覚えているのだけど、この小説の創作の中で行われていることはまさに自尊心のコントロール。そこに美学があったのだろうな。そして隠す必要のない時には放出する。いつもいつでもとりあえず隠しておけという一辺倒のオペレーションではないところがすてきです。
絶対にAIには書けないものを書いてる。人間の仕事。


おはん (新潮文庫)
おはん (新潮文庫)
posted with amazlet at 18.07.24
宇野 千代
新潮社


★おまけ:宇野千代さんについては過去に読んだ本の「本棚リンク集」を作ってあります。いまのあなたにグッとくる一冊を見つけてください。