そう。この視点。他人を見たり評したりするときにやってはいけないことを絶対にやらないようにするときの、この内観。宇野千代さんはいつもリスペクトと葛藤の中間を書いて教えてくれる。
たまらないんだよなぁ。と思う本にまた出会いました。
宇野千代さんは著作がたくさんあって、有名なものはだいたい読んだのだけど、まだまだある。今回は古本屋でパッと目にして手にとって、背表紙にあった人物名で即買いでした。
<解説>安野モヨコ
なにこれ絶対買うやつじゃないの。
と思って予備知識なく『青山二郎の話』を読んだわたしは、青山二郎という人をそれまでまったく知りませんでした。
わたしが読むきっかけの順番は
宇野さん>安野さん>青山さん
だけどこの本は
青山さん>宇野さん>安野さん
ややこしい。
だけどむずかしくない。おもしろかった〜。
読了後はすっかり青山さんに魅せられているわたしです。
それにしても、毎度ながらスタンスの取り方が丁寧!
宇野千代さんは確実に青山さんから好かれていたに決まっているのに、そこは完全に封印されまたま終盤まできて「ところであなたが好かれないわけないじゃない件についてはどうなのよ」と読み手がずっと抱え続けた疑問に、ちゃんと最後にちょっとだけ書かれている。
この書き方が、宇野千代さんらしくて最高です。
当時の文筆家が集うセレブ世界に銀座の美女が絡んでいく環境で、宇野千代さんは文筆家としてそこに居ます。男性を魅了する技能に長けた銀座の女性にはない、男性と同等の職能を持ってしまった状態でそこに存在していたわけで・・・。
そして、ご自身はいつも謙遜されるけれど、宇野千代さんはどう見ても美人です。どう考えたって、そこに嫌味なく存在し続けられるわけがない。これは絶対いつか書けると思って自我を殺していたに違いない、したたかな作家魂がおしゃれすぎ。
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本題の『青山二郎の話』として出てくるエピソードの中では、小学校の同級生・遠藤さんのお父さんが島崎藤村と同級生で、遠藤さんがお父さんのおつかいで島崎藤村のところへ行く際に青山さんも同行していた話が好きです。
その時代を理解していくのにとても参考になる話でした。
<参考:この本の登場人物の生まれ年>
- 明治6年(1873年):島崎藤村、遠藤さんのお父さん
- 明治22年(1889年):柳宗悦
- 明治25年(1893年):中川一政(登場しないけど参考に)
- 明治30年(1897年):宇野千代
- 明治34年(1901年):青山二郎
- 明治39年(1906年):坂口安吾(登場しないけど参考に)
- 明治40年(1907年):中原中也
- 大正6年(1915年)生まれ:坂本睦子
上記の中で、中川さんは青山さんの絵の先生だったので加えました。
坂口安吾は最後に記載した坂本睦子という女性と愛人関係にあり、中原中也と彼女を取り合ったらしいので加えています。
宇野千代さんが坂本睦子という女性をどう見ていたか、どう書くのか。
相手は宇野千代さんにとっては18歳も若いお嬢さん。その危うさの描き方と視点が簡潔で、多くを語らない。安野モヨコさんも解説でそこを引用されていました(やっぱりそこよね!)。
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わたしは特定の業界人が交流して褒めあっている映像を見たり本を読んだりすると、無理やり観客にされている自分がみじめに感じられて嫌な気持ちになることがあるのだけど、宇野千代さんのこういう本は好きです。
読み手のために登場人物が絞られ、「わたしたち」のノリで語らないように配慮されているのが存分に伝わるから。内省の弁のように書いてくれるから。
持ち上げて下げるようなことをしないって決めている抑制された書き方なのに、しっかりパンチもコクもある。このバランス感覚にいつもハートを撃ち抜かれます。