うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

チベット密教 ツルティム・ケサン、正木晃 著


サキャパンディタの「サキャ格言集」を読んでチベット密教の幅を感じ、この本を読んでみました。
読んでみたら、ふたつの視点で気になるところがありました。

  • サキャパンディタの思想やスタンス
  • チベット密教世界のタントリックなヨーガとインドのヨーガの関係


「サキャ格言集」にあふれる現代社会でも「ほんと、これだわよ」と思う要素の多さにおののき、サキャパンディタはあのチベット仏教思想世界でどんなバランスの取りかたをしていたの?! と興味があふれ…。ひとつのことが思い浮かびました。サキャパンディタは、「身は高野、心は東寺に納めおく、大師の誓いあらたなりけり」という空海さんに似た感覚でいた人なのではないか、そんな思いがわいてきた。
この本の中に、サキャパンディタのスタンスが推測も含めて書かれているところが、いくつかありました。

厳格な出家主義を奉じたサキャ・パンディタは、道果説にほとんど関心を寄せなかったようである。
(第3章 カギュー派・サキャ派ニンマ派の修行法 道果説の実践 さまざまな道果説 より)


初期道果説の実践は、性的ヨーガをはじめ、極めて秘教的な色彩の濃いものであったとみなすほかない。おそらく、サキャ・パンディタが道果説に関心を寄せなかった理由もこの点にあり、後期道果説の段階では、こうした戒律に抵触する部分を、あくまで観想にとどめる方向に向かった。その意味からすれば、ゲルク派か、本来ならば性的ヨーガの実践を必須とする密教集会聖者流の修行法を、性的ヨーガは実践しない、あくまで観想にとどめるという方向に向かったことと、まったく軌を一にするのである。
(第3章 カギュー派・サキャ派ニンマ派の修行法 道果説の実践 秘儀の実際 より)

ここを読んで、やっぱり! と。



でもそれなりに、やはり想像通りの複雑な背景のなかで登場した人であることは確かで、こんな記述がありました。

 チベットでも、事態は複雑である。ナーローパについて性的ヨーガを学び、チベットにおける後期密教の請来者となったマルパ(1012年〜97年)は、チベット帰国後、師にならって性的ヨーガを実践し、弟子たちにもこの行を果たすように勧めたという。だが、その最大の弟子と目されるミラレパ(1040年〜1123年)には、禁欲的な行者の気配が濃い。モンゴル帝国の宗教的権威であったサキャ派にも、性的ヨーガの実践者として活躍した者と、禁欲を貫いた者の、二つのいきかたがあったが、一部の僧侶は宮廷内に性的ヨーガをもちこみ、結果的にその荒廃を招いて、帝国没落の一因になったとも指摘されている。
(第2章 秘密集会聖者流 性的ヨーガという難問 性的ヨーガと戒律 より)



 十三世紀の初頭、サキャ・パンディタ(1182年〜1251年)が登場するにおよび、サキャ派は戒律を重視し、顕教をもあわせ学ぶ宗派へと変容した。
  (中略)
 サキャ・パンディタは宗教者としての能力だけでなく、政治的能力にも恵まれていた。彼はこのころ絶大な政治的・軍事的勢力を誇っていたモンゴルのチベット侵攻を最小限に食い止め、加えてモンゴル王室との間に密接な関係をつくることに成功した。
 一説に、モンゴルは当初、チベット人を皆殺しにしようと考えたものの、サキャ・パンディタをはじめ、チベット人僧侶が高い文書作成能力をもつ点に注目し、広大な帝国支配のために不可欠な各種の文書作成を彼らにゆだねたという。チベット人は文化人だったがゆえに、殺戮をまぬがれ、それどころか、壮麗な宗教儀礼と魅惑的な教義や修行によって、またたく間に「野蛮人」を教化してチベット密教のとりこにしてしまったのである。元朝が比較的短命に終わった原因の一つは、王室あげてチベット密教が説く性的ヨーガに惑溺し、布施にこと寄せて莫大な金品を蕩尽させられたためとも史書は語る。
(第1章 チベット密教の歴史 展開期 サキャ派モンゴル帝国 より)

なんだか日本の平安時代鎌倉時代の歴史を見るのに似たようなところがある。文書作成能力の箇所は、空海さんがはじめて中国の土地へ漂着したときのエピソードを思い出す。技術は身を助ける、みたいな話に見える。




──と、ここまでが、サキャ・パンディタに注目して読んだ感想。


さてさて、そして、ここはヨガ日記。
わたしはヨガクラスに男性が多いときは「もともと、男性たちによって開発されていたものを、やらせてもらっているようなところもあって不思議な感じ」と話し、女性で妙にストイックで夢いっぱいの視点の人には「ヨギーニ(ヨーギニー)ってね、ヨガの修業をしている男性に、わたしの膣をご利用いただいてかまいません。って人のことって教典に書いてあったりもする」なんて話をします。そういうことを提案する男性のヨガ指導者に出会ったときに、予備知識があると違うと思うので。


この「チベット密教」という本では、インドのヨーガに与えた影響のモトネタというか、タントリックな性的ヨーガの解説がされています。

 不思議なことに、仏教が性に着目し、新たな修行法を開発すると、ヒンドゥー教もまた、同じように性行為を修行法に導入しはじめた。ついには、禁欲的なことで知られるジャイナ教までが、同じ道を歩みはじめたのである。
 ただし、無上ヨーガタントラ段階の密教を、仏教は最上層に属す僧侶たちも、戒律との矛盾に苦しみながらも、受容しようと試みたが、ヒンドゥー教のなかで性行為を修行に導入したのは下層の宗教者のみにとどまり、中上層に属す人々は頑強に拒否した。この相違は、仏教とヒンドゥー教を考えるうえで、じつに興味深い。
(第1章 チベット密教とはなにか 密教への道 空と快楽 より)



 すでにふれたとおり、性的ヨーガの実践のみが、女性の解脱を可能にしたという。事実、ツォンカパ以降、チベットでも、女性の解脱者は出現していない。この事実を前にして、私たちは、いまいちど、性的ヨーガとはなにか、ひるがえって性的ヨーガを通してしか女性の解脱を構想しえなかった仏教とは、いったいなにであったか、を考えてみる必要があるにちがいない。
(第2章 秘密集会聖者流 性的ヨーガという難問 シェーラプセンゲの場合 より)

わたしは壇蜜さんの思考がこういうところをすべて包含しているように見えてしょうがないのですが、そんなことまで踏まえての芸名ってことは…、ないか。偶然か。




以下の箇所は「ハタ・ヨーガ・プラディーピカー(H.P.)」と照らしあわせて、なるほどと思った箇所。

 また、女性パートナーは「ヨーギニー(瑜伽女)」とか「ダーキニー(荼吉尼=空行母)」とかよばれ、少しでも油断すると、男を喰い殺すような「猛悪な女」とされているが、こうした描写はどうやら観念的に作り上げられた形跡が濃い。ただし、インドにおいて密教行者のパートナーをつとめた女性の多くが特別な階級に属していたことは確かで、一説には母から娘へと特殊な性的技法を継承していた娼婦だったともいう。
(第2章 秘密集会聖者流 性的ヨーガという難問 女性パートナー より)

H.P.の第3章にある該当部分で、修行のふたつの難しいことのひとつとして「女性を用意する」という書きたをされている背景にこういう要素があると思うと、なるほどという気がしてくる。カーマ・スートラを読めば、それを技術職とした場合の継承伝統にもそうとう細かな決め事があるのだろうという気がしてくる。


身体論の部分も、とても興味深いものでした。
秘密集会聖者流にある身体論は、チャクラの数などが違ったりはするけれど、インドのハタ・ヨーガ教典にある要素とあまり変わりがない。
(以下「第2章 秘密集会聖者流 究竟次第 ── 密教修行2 完成のプロセス」より箇条書きで)

  • 全部で72000本の脈管
  • 特別大きなのが左右脈管と中央脈管(三脈
  • 左右脈管が約五ミリ、中央脈管が約十ミリ、他の脈管は糸よりもはるかに細い
  • 左右脈管は中央脈管にかたく絡み、風が入ることを拒む
  • 上記の位置が性器、臍、心臓(胸)・喉・眉間・頭頂など
  • 上記がいわゆるチャクラ。真空状態の中央脈管の結び目にあたる箇所
  • チャクラの数は文献によってさまざま

と、ここまではすごく似ています。風は「プラーナ」。
似ているのですが、インドのハタ・ヨーガ教典ではムーラダーラ・チャクラもアナハタ・チャクラと同じくらい重視されるように見えるのに対して、チベット密教では胸(アナハタ)を重視するようです。

 とりわけ重要視されるのは、心臓のチャクラである。なぜなら、心臓のチャクラの奥には「不壊の滴(ミシクペー・ティクレ)」とよばれる微細極まる粒子が潜んでいるからだ。さらに、その「不壊の滴」のなかには、はるかな前世以来、絶えることなく相続してきた根源的な意識とでも表現するしかないなにかが眠っている。
 もし、風が左右の脈管から中央脈管に導き入れられ、心臓のチャクラに到達してしばしとどめられると、「不壊の滴」は溶融し、そのなかの根源的な意識が解放されることになる。
常人の場合は、この現象は死の際にしか生じない。
 付言すれば、死の際に解放された根源的な意識は、そのまま来世へ飛翔すると考えられている。秘密集会聖者流は、生きながら、それを実現させようというのである。
(第2章 秘密集会聖者流 脈管・チャクラ・滴 より)

ハタ・ヨーガではクンダリニーの覚醒に主軸を置いて、根源的生命力とか宇宙との合一へ向かうエネルギーを重視していますが、チベット密教では絶えることなく相続してきた根源的な意識を探ろうとするスタンスが興味深いです。前世になんかあると思ってる感が強い。


この本一冊を通じて、チベット密教のいろんな宗派の流れ、主要人物のスタンスを知ることができます。
極端さに走る人をなんとかスルーしながら自分の思想を打ち立て、社会と折り合っていく。わたしはそういう偉人の話が好きなので、今回はサキャ・パンディタをきっかけに読んでみましたが、やはりチベット密教ヨーガは奥行きだけでなく、触れ幅が大きいです。このテの話を聞くのが初めての人には、やや刺激の強い内容です。


チベット密教 (ちくま学芸文庫)
ツルティム・ケサン 正木 晃
筑摩書房