うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

サキャ格言集 サキャパンディタ 著 / 今枝由郎 翻訳


本屋でなんとなく手にとって、めりめりめりめり読み進んでしまって、一週間くらいこのチベット版・辛口ギーターのようなものにハマっておりました。
4行構成で、まるでバガヴァッド・ギーターのよう。でもやっぱりチベット。著者のサキャ・パンディタは13世紀の人物です。
ヨガを学んでいるとチベット仏教はどうしてもカギュ派の知識が多く入ってきますが、サキャ派のサキャの詩は一度読んだ後に二度三度往復してじわじわくる怖さと鋭さがあります。いっぽう、いかにもインドの影響という詩もあって、どこをパッと開いてもおもしろい。
解説に、このようにあります。

 冒頭に正式の書名が記してあるが、一般には『サキャ・レクシュー(サキャ・パンディタの格言集)』と呼び習わされている。
 冒頭に、「インドの言葉で、……チベットの言葉で、……」とあり、あたかもインドの言葉(サンスクリット語)からの翻訳のような体裁をとっているが、実際にはチベット語で著述されたものである。こうした形式はチベットではよくあることで、一種の権威づけであり、当時のチベットの状況を反映している。
 チベットは十一世紀から仏教の再興に取りかかった。貪欲なまでにインド仏教に学んだ姿は、かつて日本が中国文明を吸収した姿に似ている。その結果、サキャ・パンディタのようなチベット人学僧はインドの故事、逸話に通暁した。『サキャ・レクシュー』にも、多くのインドの故事が言及されており、チベットには見られないインドの動植物の習性も叙述されている。すべてがインドという場で成立している。

詩は「なりきりインド」なんだけど、こういうねちっこさはインド人にはないような…という独特のねちっこさもある。
全部で457句収録されているのですが、この特徴に着眼していくつか紹介すると
(以下すべて第八章「行為についての考察」より)

(▼305節)
人の好みは様々だから
全員を満足させることは誰にとっても難しい。
自分に功徳を積めば
全員を喜ばすことに近い。



(▼331節)
他の国をよく調べないで
今の場所を捨てるべきではない。
片方の足が地に着かないのに
両方とも揚げたら倒れるもとである。



(▼353節)
場所と時を得たなら
よく注意して数回語る。
格言であっても多すぎると
売れ残りのように誰も欲しがらない。



(▼367節)
長い間の敵とは
仲良くなっても親密になってはならない。
よく沸いた水も
火に出会えば火を消さないか。



(▼370節)
愚者が誤った道を歩けば
愚かと見なしてよろしい。
賢者が誤った道を歩けば
どうしてなのか考えてみる必要がある。



(▼396節)
大事業をするのには
努めていい友達を頼りにする。
大きな森を焼くのには
風の力が必要だ。

八方美人的性質で悩む人には305節が、恨みの反動・勢いだけで転職しようとする人には331節が、たまに喋る機会を得るとタガが外れてしまう人には353節が、あいつは実はいいやつだとかいってヤンキーに結局カツアゲされる人には367節が、好きの裏返しで有名人や知人の失敗を晒したくてしょうがない人には370節が、お友だち申請をすべて受け入れて結局削除することになる人には396節が、きっと刺さる。
ギーターの10倍くらいグサグサくるのだけど、携帯したい。そんな節ばかり。


以下のような節は、すごくインドっぽい。

善と悪とは誰にでも分かる。
混ざったときに区別できるのが賢者である。
牛の乳を搾るのは誰にでもできるが
ガチョウは水から乳を分ける。
 (20節・第一章「賢者についての考察」より)



犬と豚にいい臭い
目が見えない者に灯火
消化できない人に食べ物
愚者に法、どうして必要か。
 (244節・第六章「本性についての考察」より)

こういうのウパニシャッドにあったよね…、みたいな節がけっこうあります。
シヴァ神が登場したりしていて、ヨガのマイトロジカルな部分に関心がある人にも興味深い節が多そう。
それを抜きにしても、思わず二度読み三度読みしてしまうような、「おっと、そう来るの!」という節がいっぱい。おすすめよ。