うちこのヨガ日記

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陸軍と性病 花柳病対策と慰安所  藤田昌雄 著

さまざまな統計情報や規律既定の記録、商品パッケージや雑誌広告、写真資料から戦時中の慰安所の様子がわかります。これまで花柳病という言葉すら知らなかったわたしは、公娼制は性病対策から生まれたことをはじめて知りました。


そして慰安施設は「野戦酒保」という日用品の売店のようなものを設置することの延長で設置されたこともはじめて知りました。昭和12年の野戦酒保規定からそれを読み取ることができます。
昭和12年(1937年)というと、作家の林芙美子毎日新聞の特派員として南京戦の現地に行っていた年です。わたしは「浮雲」を読んで戦時中・戦後の人間の別の面を知り、当時の人々はどんなメンタルで生きていたのかと考えるようになりました。この資料を読むと、これまでの読書によるイメージがさらにリアルに感じられます。

 

写真を見ると、少女と軍人が笑顔で記念写真を撮っていたり、「軍人さんが制服着てもいいって! 写真撮って~」みたいな感じでコスプレを楽しんでいる女性の様子が想像できる写真もあったりして、その施設が性欲処理の場であることを想像しにくかったりします。

性病のチェックをしに来たと思われる軍医と写真に写っている少女たちの表情はさまざまで、このお医者さんであるおじさんはとてもやさしくていい人だけれど、自分は性処理の仕事をしていて、病気を軍人さんに病気をうつしてしまったら迷惑をかける。そういう複雑な状況にある少女たちが、そのお医者さんを慕っている。だからなんとなく近くに写っている子たちだけ自然な笑顔で写っている。わたしにはそう見えました。

 

日本以外では「米国・英国・フランス・ドイツ等列強が戦場に慰安所を設置している」とあり(P59)、日本では慰安所を隠語で「ピー屋」とも呼ばれ(P65)、兵下士官用と将校用に分かれていたそうです(P64)。
性病(まとめて花柳病と言っていた)に罹ることは、ケガの分類が一等症~三等症まであるうちの三等症にあたり、軍人にとってたいへん不名誉なことであったそうです(P36)。


この本は資料がひたすらまとめてあり、以下のように当時の規定を読むことができます。(以下P79より)

常州駐屯間内務規定 昭和13年3月」
第九章 慰安所使用規定
第六十一 實施單價及時間
 1. 下士官兵、営業時間ヲ午前九時ヨリ午後六時迄トス
 2. 單價
   使用時間ハ一人一時間ヲ限度トス
   支那人  一円〇〇銭
   半島人  一円五〇銭
   内地人  二円〇〇銭
以上ハ下士官、兵トシ將校(准尉含ム)ハ倍額トス
(防害面ヲ附ス)

日本人女性は中国人女性の場額ということのようです。軍人でも位の高い人はさらに倍額お支払いくださいという料金設定。一時間制。次のページには軍人の位と給料の表がありました。将校が二人の女性をくっついて写っている写真のキャプションに、複数名で行うのは通称「三輪車」と言われていたとあったので、位もお給料も高い人は一度に二人買っていたようです。女性側の給与配分は載っていませんでした。


昭和19年広東省中山市の警備についていた「直兵団遠山隊」が保有していた「外出及軍人倶楽ニ関スル規定」を見ると、現地人の女性は「娼女」、日本人女性は「娼妓」と名称で分け、「娼妓」は将校・准士官専門の日本人であったとあります。(P88)

同じく昭和19年、「大東亜戦争」後半から沖縄は内地扱いから「特定戦地乙」と呼ばれる戦場とされ、将兵のための慰安所が設置され、近隣住民へ配慮すべきことが「石兵団会報」という文章に残されています。学校の児童が覗き見できないようにするとか、目立つ慰安婦をトラックの助手席に乗せないように、などのことが書かれています。(P88~93)


商品パッケージや広告はとにかく読みどころが満載で、昭和8年の「主婦之友」に掲載されていた梅毒治療薬「ベルツ丸」の広告では住所と名前付きでその効果に感謝の意を示す「利用者の声」のようなものが載せられていて驚きます。(P43)いま見るような「グルコサミンのおかげで膝の痛みがなくなりました」というノリよりもさらに丁寧な感謝の言葉が綴られています。


この資料本を読んでみて、今の時代になると信じられないようなことも当たり前であった過去の捉えかたについて、とても現実的な視点を得られました。
わたしは去年から林芙美子の小説を何冊か読んで、しんどい状況から絶望に堕ちていかないために、ときに道徳倫理の観点を捨てて行動しようとする人間のマインドに向き合うようになりました。あきらかに自分が蔑まれている状況であっても、それを一義的に見ない気格に光を感じ、自分に対する尊厳についても考えるようになりました。
そんな流れのあとで、先日読んだ「教団X」に別の視点での歴史の振り返りがあるのを見て、戦時中に軍人の性処理を組織立てて行っていた史実に触れるためにこの本を読みました。

 

施設を利用しなかった軍人の比率やその必要性を感じなかった人についての情報は探りようがなく、あったことしか記録に残らないというのはある意味不名誉なことなんじゃないかとも思ったりしました。「おじいちゃんは陸軍の軍人だった」という人がこの本を見たら、写真に写る慰安婦たちのあどけなさに複雑な気持ちになることを避けられないんじゃないかと思います。

 

陸軍と性病: 花柳病対策と慰安所

陸軍と性病: 花柳病対策と慰安所

  • 作者:藤田 昌雄
  • 発売日: 2015/06/09
  • メディア: 単行本