テーマのわかりやすいドラマで、重たいところは高峰秀子が軽快に崩し、笠智衆がほぐしにくる。ものすごい布陣。悪い男はわかりやすく暴君で、いい男はわかりやすくいい人。
この物語には、妻に自分以外の初恋の人がいることで病む、まるで島崎藤村の「家」の三吉のようなメンタルの男性が登場します。その男性が失業しているときに、自尊心を破壊するような出来事が続く。ここからが地獄。
妻の初恋の人が海外から戻り、妻の妹と交流し、妻の妹は自分よりもその男と姉が結婚することを望んでいたのが明らかで、さらにその男が妻を資金面で援助しようとします。そんなことされたら、もういじけ街道まっしぐらでしょ!
このみじめな男の人を演じる山村聰という俳優さんの狂った演技がうまくてね……。物語に本気で連れていかれて、絶望的な気持ちにさせる。夏目漱石の「こころ」に出てくる男性二人の心情を合わせたようなしんどい生き方を見事に演じています。
そんな話なので、中盤から終盤にかけては、とにかく憂鬱でどんより。暴力描写やモノを壊すシーンもあります。この時代の気性の激しい一般人の描写は、いま見るとかなりエグく感じます。
無職の人が飲み屋で「先生」と呼ばれているのも猫好きアピールも、とにかく気持ち悪い人間の要素がてんこ盛りなのだけど、こういう雰囲気は太宰治の人格をイメージさせる。
ダメになった人の着こなしのヤバさ、ダメになっていく人間に擦り寄る人の嗅覚、このあたりのリアリティがなかなかキツい。どの家にも親世代を辿れば親族にこういう人がいると思う。いないかな。わたしは子どもの頃、こういうおじさんが怖かった。
そしてダメになっていく人を追い込む側の象徴的な役を演じるのが上原謙で、ちびまる子ちゃんでいうと花輪くん。わたしが上原謙の名を知ったのはすごく年下の女性と再婚したことがニュースになったときだけど(時代!)、映画でその姿を見て、不思議な魅力に驚きました。
とても中性的な雰囲気で、フランス帰りのやさしい人格にぴったり。高杉早苗という女優さんとも視覚的相性が合いすぎ! この映画はなんとなく外国人が混ざって共演しているような印象を受けます。
そしてこの二人のルックス以上に笠智衆は時間を越え、上原謙と実年齢が5歳しか違わないのに、しっかり普通におじいさん。どうなってるの! 頭が混乱する。
俳優さんたちにとって、時間って概念なんですね。