昨年の11月に渋谷の名画座で開催されていた「イングリッド・バーグマン特集」のチラシでこの映画を知り、その時は観に行けなかったので年始のお休みに観ました。
原作は戯曲で、1940年と1944年に映画化され、後者のほうが有名なのだそう。
観はじめたら想像以上にグイグイ引き込まれ、あっという間でした。
おもしろい脚本、脇役の設定の妙、主演二人の不気味な演技、当時のロンドンの暮らしを表現する密室劇の内装・衣装、どれも完璧。
「自分がいけないのか?」という自己疑惑や罪悪感を抱かせることで家族をコントロールすることは、人権意識のある国では虐待扱いでも、日本の家庭ではごく当たり前のように行われてきたし、今でもざらにあること。
この映画はサスペンスとして描かれていましたが、この映画をきっかけに「ガスライティング」という心理的虐待を表す用語が生まれたそうで、観ることがそのまま教養になる映画でした。
頼もしくて優しい人にグイグイ引っ張ってほしいと思う気持ちは誰にでもあるものだけど、相手の中に「目的のためなら小学生レベルのいじめも厭わない」という幼稚な残虐さが残っていたら、大なり小なりこの映画のような関係性に至る。
これは生活圏内の濃い人間関係だけでなく、進学、部活、転職、引越し、大きな手術、解決したい不慮の事故など、さまざまな人生の転機の中で起こりうる。
日本の事件では、尼崎の親族間で起こった事件を想起するけれど、そこまで酷いものでなくても、この夫のようなやり口はそのへんにゴロゴロあるっちゃ、ある。
そういう大人のいじめのやり方に名前を与た映画なのでした。
参考:
この映画がヒットした頃、世間では「あの二人は、 “ガス燈” みたいな状態なんじゃない?」と、いろんなところで話されていたんだろうな・・・。
余談ですが、この映画に登場するシンディ・ローパーそっくりな若いメイド役の女性が、なんと若き日のジェシカおばさん!(ドラマ「ジェシカおばさんの事件簿」の主役)であったことにも驚きました。
このメイドは虐待に加担するつもりはなくてもポリシーのない性格ゆえに利用されてしまう、重要な役どころ。これも、大人の組織世界で起こりがちなこと。
主要人物3名と脇役5名くらいで構成されていて、まあ本当によく練り込まれた設定です。
これまで他人と共有する言語を持ち得なかった悪意が見事に可視化されていて、読書をしたのと同じ充実度を得られる映画でした。
