うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

行動学入門 三島由紀夫 著

当時雑誌に連載されていたエッセイ、コラムをまとめた文庫本です。『Pocket パンチ Oh!』連載を集めた「行動学入門」シリーズと『女性自身』の連載を集めた「おわりの美学」シリーズ、そして『諸君!』に掲載された「革命哲学としての陽明学」を読むことができます。

今では半分以上のコンテンツが炎上間違いなしの話しっぷりで、「行動学入門」「革命哲学としての陽明学」は口述筆記とのこと。これを読むと自分の親の先輩世代のノリがよくわかる。これはまだ日本社会でうっすら引き継がれ続けているものよね? と思うことがたくさん書いてありました。

 

大体、攻めるはやさしく、守るは難いと言われており、安田講堂の防御戦でも、自ら退路を断って守るような防御の戦術は、戦術として最も拙く、しかも自ら退路を断つということは死を意味するのが普通であるが、死を覚悟しないで退路を断つというところに、全学連的な戦闘行動へのへんてこな特殊性があると思われる。
(行動学入門 行動のパターン より)

「退路」にも柔軟に可能性を残してその先もポジティブに生きられるライフデザインを一般人が考えようとする今の時代に読むと、退路を断つ=死であることも、死を覚悟しないで退路を断つことも、どっちもへんてこに見える。


以下の部分を読んだときは「そうなんだよな…。生きていればいま95歳で、石原慎太郎氏のちょっと上くらいと思うと、そりゃマッチョな価値観であふれているわけなのよね…」と思いました。
行動学入門の「行動の終結」で、

 行動と言いながら、合法的な行動だけを問題にしようとすれば、やはり三浦雄一郎氏のようなスポーツの冒険の世界しか残されていない。

とはじめながら、

ことに三浦氏の大滑降は多くの企業の援助によって、科学の枠を尽くした周到な準備が重ねられたと言われ、その冒険の成果は、あたかもアポロによる月到着と似たようなものであったことが思われる。

数年前に奇跡のシニア!というムードで報じられた三浦氏登頂のニュースを見ても親世代の人たちが妙に冷めていたのは、昔からやっていることが知られていたからか。あのときは、わたしたち世代のほうが感動して騒いでいた気がする。

科学の枠を尽くした演出の世界も知ったうえで、自分が終わらせたい人生の終わり方にビジョンを持つってどんな気持ちだったのだろう。

 


「おわりの美学」シリーズはどれもグイグイくるものがあり、「結婚のおわり」は以下のような書きっぷりです。

 自由で飢えている、というのは、君が二十二歳ならば、ロマンティックですばらしい。
 しかし四十四歳なら、ルンペンと同じことだし、五十歳なら、もはやきちがいじみて見える。

高度経済成長期と現在のギャップがすごい。8050問題なんてまだ想像もできない時代の話だけど、いま80歳にプラス15歳で三島由紀夫の年齢になるので、15年で時代は大きく変わるということなんだと思います。

 

わたしはこの「おわりの美学」シリーズの中にいくつか強烈なインパクトを受けるものがあり、なかでも「仕事のおわり」で作家・林芙美子の仕事っぷりについて他の女流作家とは違うと書いているのが気になりました。"90%の女流作家はそんなに内面が荒れないように肌をいたわって仕事をしているようだ" と書いた後に

 林芙美子さんなんかは、そののこりの十パーセントに入れていい人かどうか?
「花のいのちは短くて」などという句を書き散らしているところを見ると、どうも九十パーセント派の疑いがあるが、晩年の作家生活はすさまじく、生活上はともかく荒廃していた。そして相当いい短編も続々と書いた。
 その彼女がどこかに書いている一句に、
「仕事がすんだ朝は、男なんか要らないという感じだ」
 というのが印象にのこっている。

と書いています。作家としての散りざまを評価していたのでしょう。

「花のいのちは短くて」という句は女が女らしさを演出しているのだ、そう書けば売れるから。という想像もしただろうに、林芙美子の「男らしさ」を評価している。

 
女性誌への連載でありながらスイーツ女子をこれでもかと見下し、「童貞のおわり」では特攻の出撃前夜にはじめて女を知るのが最高だと言う。理解できないけれども確実にしばらく絶滅しないこのノリを学ぶのに、なんというか、とてもおもしろいテキストです。なんで政治家はああいう失言をするのだろう、というニュースも、この本を読むとなるほどという気持ちになります。


なかでも「正気のおわり」は超短編小説(あるいはコントの脚本)のような文章で、あまりに上手なので書き写して読んでみました。ストーカーが正気を失っていくプロセスが書かれているのですが、これがなかなか興味深い内容です。ストーカーはただの執着で正気を失うのではなく(恋で盲目になるのは健康)、男性の権力者に否定されたことに対するつじつま合わせの過程で狂っていく。これはどこか核心をついている気がします。
音楽」を読んだときにも思いましたが、三島由紀夫は人間の気質の読み方が鋭くて、でも深すぎない。解説が鮮やかで無駄がない。こんな内容をペラペラと喋るなんて頭がよかったんだなぁとは思うけれど、それがたいそう魅力的かというと、なんか色気がないせいかキュンとはこない。

すごくおもしろいのだけど、これは男による男のコスプレですみたいな逃げ道がなくて、すごく苦しそう。この価値観ではどう生まれても苦しい。

行動学入門 (文春文庫)

行動学入門 (文春文庫)

 

 

「革命哲学としての陽明学」については、このテキストをきっかけにここ15年以上のあれこれが整理されたという話を先にまとめています。