うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

LIFE DESIGN(ライフデザイン)スタンフォード式 最高の人生設計 ビル・バーネット/デイヴ・エヴァンス著 千葉敏生(翻訳)

書店へ行くと「デザイン思考」という本をよく見るのでひとつ読んでみました。
最高の人生設計とはずいぶん盛ったものだと思う日本語が添えてあるけれど、英語の世界の話だと思えば納得というか、そういう雰囲気に満ちた内容でした。
序盤を読みながら、なんだか「セーラー服と機関銃」の歌詞みたいなことを言っているな…と思ったのだけど、人生はずっと「夢の途中」なんだよという話をしているので、実際そうなのです。行き詰まり思考から脱却して何歳になっても前向きに先のことをとらえて生きていくためのアイデアと思考ワークの提案がされています。

 

このなかのアクションとして出てくる「グットタイム日誌」の考え方はわたしが9月からはじめた日記(Ban.doの日記)の書き方と少し似ていて、わたしの場合は「およよタイム日誌」だけど、自分の日常の中で戸惑いつつもなんか楽しい刺激かもと感じられた些細なことを書いておくと、自分の気分のトーンが明るくなるパターンが見えてきたりする。うん、たしかにこれは重要。

 

この本では仕事観と人生観の足並みが揃ってくるとよいといいます。揃うとよい事項は以下の三つ。

 


 「あなたの人間性」「あなたの考え方」「あなたの行動」

 

 

これはほんとうにそうであるなと年々感じます。わたしが瞑想するときのサンカルパも、チューニングを繰り返すことでこのコンセプトと重なる方向へ進んできました。ちょっとずつズレていたのが中心に寄ってくるまで6年くらいかかりました。

 

わたしにとってこの統合の作業は「餅つき」のイメージ。この三つを統合するための餅つきの合間にちょっと差し込む「水」に該当するものが「ヨガの練習」。何年もかけて、そういうふうに変わっていきました。

ヨガの練習そのものを餅にすると、手段が目的化してしまい、苦しくなります。ヨガをすれば人生がよくなると有名な〇〇さんが言っていたからとか、スティーブ・ジョブズも読んでいたという有名なヨガの本にそう書いてあったからというように、他人の軸に吸い寄せられていた頃の基準から経験を通じた自分の軸への移行が行われないと、楽しかったものが楽しくないものになってしまう。

練習を通じて自分の考え方の性向を探っていく作業をしないままでいると、「○○をすればOKのはず」という行き詰まりの思考に時間というプレッシャーが加算されるだけになってしまうんですよね…。

 

この本はそういう袋小路のパターンをいくつも示してくれます。
なかでも、以下の指摘は耳の痛いものでした。

 ライフデザイナーとして、次のふたつの信条を守ってほしい。

 

1.優れたアイデアが多ければ多いほど、そのなかからよりよいアイデアを選べる。
2.どんな問題であれ、絶対に最初に思いついた解決策を選ばない。

 

 ふつう、わたしたちの脳は怠け者なので、なるべく早く問題をとり除きたいと考える。そのため、最初のアイデアを媚薬漬けにして、わたしたちを "恋" に落とそうとする。
(「正解」よりも大胆なアイデアを! より)

だいたい最初のアイデアって、ポジティブに演出されたなにかの記憶から誘発されたものだったり、そもそも手をつけやすくイメージできるものだったりする。なんならただのモノマネで、アイデアですらなかったりする。

ほかにも、ブレストするのはいいけど付箋紙だらけの壁をスマホで撮って全員でハイタッチして帰ってないかとか、薄っぺらく意識の高い人々への愉快なツッコミが続きます。


ブレストで立てる問いや掲げる疑問の中にうっかり答えを含めてはいけませんと指南する以下の部分も、わたしは読書会の宿題を考える時に何度も修正を繰り返した経験があるので、うわぁ…という気持ちになりました。(以下のビルというのは人名)

 ビルのクライアントはしょっちゅうこれをやってしまう。たとえば、「倉庫用のはしごをつくる10の方法は?」というふうに、これはあまりよい疑問の掲げ方とはいえない。はしごという答えを出してしまっているからだ。(しかも10個という上限まで)。こういうときは、はしごの機能に着目するほうがよい。
「高い場所にある在庫商品を取れるようにする方法はいくつ考えられるだろう?」
「倉庫のスタッフが上下左右自由自在に動き回れるようにする方法はいくる考えられるだろう?」
 こうした疑問なら、はしごが唯一の答えだとは仮定していないし、はしごよりも独創的な解決策──たとえば倉庫用ドローン──を考える余地が生まれる。
ブレインストーミング──プロトタイプ体験のアイデアを出す より)

ディスカッションにも質疑応答にもQ&Aにも、このミスはよく起こります。待つ力をつける必要があるし、相手を見くびらない謙虚さも必要だし、質問されてもいないのにわざわざ教えにいく人の周りはアイデア砂漠になるという事実を認めなければいけない。一時的なエゴも覇権欲も支配欲も、全部抑え込まなければいけない。


人生経験が増えることと待つ力はイコールにならないケースが多くて、なりたい人格もイメージしながらデザインしていかないと、「ほれみたことか」「だからいわんこっちゃない」という発言を心の中でする悪魔的な思考が定常化してしまう。
この本は転職活動中であればもっと自分自身と重ねて食らいつくような読み方をしたかもしれないけれど、いまはこういう読み方になりました。ちょうどアメリカ大統領選の最中で、アピール合戦を見ながらさまざまな呪いのコメントも同時に目にし、双方のデザインイメージを比較する視点でいたから。

その国で好まれるデザインの傾向というのもまたあるなぁ、と思いながら読みました。