また『脂肪の塊』を読みました。どんだけ好きなの! と自分で突っ込んでしまうくらい、モーパッサンはスイッチが入るとたて続けに読みたくなります。
この光文社新訳古典文庫に収められている『脂肪の塊』は登場人物の関係性がわかりやすく、他にも粋な短編・中編が収められていて、どれもおもしろい。とてもお得な一冊でした。
『脂肪の塊』はもう3回目なので話はわかっている中で、今回もたくさん付箋を貼りました。
今回気づいたのは、この物語はワイン屋のおっさんのオヤジギャグからの空気チェンジが絶妙なスパイスになっていることでした。
このギャグへの周囲の反応の描写が、当時のフランスの人々の階級意識、そしてその垣根を超えて連帯するときのご都合主義っぷりをサッと理解させてくれる。そこが読みやすさの要因として大きいんですよね・・・。
直接的に登場人物を批評しないモーパッサンの書き手としての知恵が凝縮されている。
初回はムカムカしながら読むことになるのだけど、何回も読むことでムカつきから距離を置いて、ユーモアの効用が見えてくる。
この感じは、自分が新卒で会社に入った頃に「なんであの下世話なおじさんの発言やふるまいを社長や偉い人たちは野放しにしているのだろう」と不思議に思っていた人間関係を、自分が50代になる頃には「あれはあれで合理性があったのだろう」と思うようになるのと似ています。
収録作品の構成が一枚の名盤LPのよう
LPってのは、あれよ。でっかいレコードのことよ。
最初に『脂肪の塊』を読んでから、その他の短編・中編を最初から読みました。
まず驚いたのが、その順番が絶妙だということ。
『脂肪の塊』の中で、若い女性をマダムと呼んだりマドモワゼルと読んだりする呼び手の腹の内を描く要素があった後で、次の作品の『マドモワゼル・フィフィ』を読むと・・・。
関連があるようで、ないと言えば、ない。だけどこの順番で読むとおもしろみが10倍。
さらにそのあとに『ローズ』という作品がくるのも、最後の最後で「そうきたか〜」と、ニヤニヤしてしまいました。
モーパッサンの嬉しい楽しい裏切りがたまらない。
ーーー ここでB面にひっくり返す ーーー
B面の第一曲目にあたる『雨傘』、そしてその次の『散歩』は、いじけた生き方をすると人間がどうなるかをそのまま描くだけ。
教訓なんてない。暗いヤツは暗いし、せこいヤツはせこい。と突き放してきます。
A面のあの感じとはまた別の皮肉で攻めてくる。
そしてその陰気な展開からの『ロンドリ姉妹』が、またいいんですよね・・・。
わたしこの話、大好き。そうそう、こういう欲のなさそうなふりした男ほど、いつまでも少し前のネタをこすって、いつもつまらない。で、うまくいくと急に調子にのる。ちっせー男の脳内のちっせー楽しみをおしゃれな物語に昇華させていてすごい。
『痙攣』は、坂口安吾と江戸川乱歩を混ぜてパリの空気で100倍オシャレにしました、みたいなテイスト。
サスペンスではなく普通に横領事件として読ませるスピード感がクールすぎます。
・・・と、そんな横領事件風味の話からの、最後の話『持参金』が、またいい。
ここまで読むと、脳内でこの本を一冊読む間に、「モーパッサンよ、あなたはどんな人生を送ってきたのか」と何十回も心の中で尋ねていたことに気づきます。
解説も抑制が効いてておもしろい
クールでシンプルかつ最高に粋なテンポで書き上げるモーパッサンに心酔しながら翻訳をしてきた訳者の解説が、これまたいい。
モーパッサンの解説をペラペラ語ってしまったらすべてが台無し。解説もギュッと濃縮されています。
どうにもこうにも馴染めない役人生活が文学の修行に打ち込む反動源として効いた。
そのおかげで、わたしはこんなにおもしろい話をたくさん読むことができた。苦労してくれてありがたい。
そしてやっぱり、めちゃくちゃ恋多き男でもあったモーパッサンと作品の関係性について、ほんの一瞬だけ触れてくれていました。
いやぁ、これはファンクラブを作りたい勢い。というか、あったら入りたい。
どこかにあるかしら。
新潮文庫版の感想はこちら
岩波文庫版の感想はこちら
