うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

ストーカーとの七〇〇日戦争 内澤旬子 著

わたしは本の末尾にある「執筆にあたってお世話になった方々へのメッセージ」の文章をふだんはわりと冷めた気持ちで見てしまうのだけど、この本は例外でした。こういう性質のことを書き上げるのに、どんな人がどんな角度からサポートをしたら成し遂げられるのか。そのありようがとても気になる本でした。
交際相手が別れ話をきっかけにストーカー化した話であることはタイトルや解説ですでにわかっている本で、読みどころはその関係を第三者に伝えようにも伝わらない展開の詳細。それが最後までくるしい。

 

わたしは物理的にライトなストーキングの起こりやすい場(ごちゃごちゃと男女が出入りするビルの中にあるヨガ教室)に数年いたことがあって、そこでいくつかのケースを見たことがあります。
話を聞くたびに、親しみからはじまる感情には強度とグラデーションがあって、その人の自尊心の屋台骨の状況によっては異常に関心を寄せられる接点たりえる、そんなコミュニケーションが発生することがまれにある、こういうことってあるよな…と思っていました。子どもの頃に転校生が一人で自分の家の近所を歩いていたので少し後をつけてみたというような、そういう探偵ごっこに似た興味の延長線上にある、そこからエスカレートするものもある。
とはいえ事前合意なしのまちぶせは現代社会ではストーキング。わたしが聞いたケースは警察でなく運営者に注意されてシュウとしぼむレベルのものけったけど、当時あれこれ考えたのを思いだしました。ストーキングをする人の淋しさや認識のバグのようなものが解消されない限り、その感情を本人が処理できるようにならない限り、次は別の誰かがターゲットになるんじゃないかと思って。
そしてそういうバグのような心のはたらきそのものは他人事とも思えず、人生不都合なことが二つ三つ四つ五つ重なった時には自分も誰か、あるいはなにか、受け容れてくれそうな対象にすがったりするのじゃないか。ストーキングをする人の心のメカニズムそのものは自分も備えている。


この本「ストーカーとの700日戦争」(=約2年)の事例はその何倍も重く、警察が何度も登場します。ストーカーは元恋人で、別れ話をきっかけに脅しと誹謗中傷という行為まで発展しています。序盤はシャイニング級の怖さ。
その後、著者は自らストーキングの被害者でありつつ加害者の感情を掘り下げます。そうだよね、そこを掘り下げないと終わる気がしないよね…と思いながら読み進めました。なのに著者は第三者から「加害者のことを考える行為=加害者への親切心」のように捉えられてしまう。
ちがう。そうじゃない。刺激しないなんてことは努力目標にしかならないし自分が生きている限り不可能だから「刺激と受け取らない」につながる仕組みを構築したいのに! 読みながらなぜかわたしが叫びたくなる場面が多々ありました。
末尾に、こんな有益なサイトの紹介がありました。



ストーカーから身を守るために警察を心底頼りにする記述が何度もあるのですが、この前後の動揺が毎回リアルで、そうなる気持ちにがっちり引きずり込まれる。
地元(小豆島)の人との交流では、いちいち「あるんだろうなぁ…、こういうこと」という出来事が続きます。よかれと思って共有される情報によって引き起こされる危険な状況は、事件が起こってからでないと証明ができないというジレンマ。


はじまりから怖く、対応について細かく記載されています。考えすぎて逆効果になってしまった展開や、申請すれば明かされるのに知らないだけでそのままにされる情報など、具体的なことがたくさん書かれています。正しい判断ができなくなる思考の描写はまるで自分事のようで、ものすごい臨場感。疑心暗鬼の感情に呑み込まれて、どんどんおかしくなっていく。
メールではないチャット型のコミュニケーション(FacebookメッセンジャーやLINE)の危険性についても書かれており、ここは大いに読みどころ。反射的なコミュニケーションの恐ろしさを再確認しました。


いくつか爆発的にうまい喩えで笑ってしまうところもあったのだけど、同時に、いやいやいやいやその状況、それどころじゃないから…という気持ちで読みました。こんなに理知的な人でも、いつも健全な対人関係が築けるわけじゃない。なんでも自業自得で片付けられてはかなわない。そういう苦しいことが書かれていました。
序盤で書かれていた中年同士の出会いについての正直な告白も、わたしは大いにわかるしうなずく心情です。いっぽうで、正しい判断の安定度のようなものは体力・年齢に比例する部分があることも否めない。そこを自業自得と言われたらつらい。こんなに全方位的につらい話を他人に読ませる文章にまとめあげるって、やっぱりすごいと思うのです。(そして感想は冒頭へ戻ります)

 

Kindle版が出てたので、お風呂でゾワゾワしながら読みました。

ストーカーとの七〇〇日戦争

ストーカーとの七〇〇日戦争