うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

唖娘スバー ラビンドラナート・タゴール 著 / 宮本百合子訳


以前からタゴールの小説を読んでみたいと思っていて、そのきっかけは映画「チャルラータ」。映画の原作小説がタゴールなのですが、英語版しか出ていません。
そうこうしているうちに小説のことは忘れて詩を読み始めていたのですが、青空文庫に短編小説があるではないですか! ということで、さっそく読みました。
表現がかなり独特で、物語はまるでモーパッサンの短編のよう。よくよく考えたら「チャルラータ」(原作は「壊れた巣」)も、描写の中にあるどうにもならなさは、見かたによってはただひたすらに生(ライフ)があるという事実。
以下の、のらくら者として周囲に認識されている人の紹介のような文章も、こうなる。

一体、のらくら者と云うものは、家の者からこそ嫌がられますけれども、他処(よそ)の人々は、誰にでも大抵気に入られると云う得を持っています。彼等を繋いで置く職務等と云うものがないので、彼等は、皆のものになります。丁度、どの町にも、人々が皆行って休息出来る広場がなくてはならないように、一つの村には、二人か三人、誰にでも相手をしていられる暇人が必要です。そう云う人さえいれば、私共が暇で友達でも欲しくなれば、雑作もなく得られます。

寅さんのことよね、それ!
タゴールの手にかかると、なんというか、こういう感じになっちゃうのです。シャンティに仕上がる。
「彼等は、皆のものになります。」って、すごい角度からくるのね。日本人が予定調和の範囲で想像するシャンティをはるかに超えてる。
友達がいないと悩む必要がなくなるの。寅さんのおかげで!


(小説の物語自体はわたしの感想とはかけ離れたシリアスなお話です)


青空文庫で読めます