うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

朗読のススメ 永井一郎 著


日本語の音のシンプルさが愛おしくなってこの本を手にしたのですが、なんと日本語もシンプルじゃなかった。
そして読み始めたら、なんだかたいへんよいお話を聞いた気分になる本でした。

<68ページ 鼻濁音 より>
 鼻濁音には規則性があります。単語の頭につく「ガギグゲゴ」は濁音で、単語の途中にある「ガギグゲゴ」は、原則として鼻濁音になります。
「学校」「外人」「元気」は濁音、「音楽」「海外」「期限」は鼻濁音ということです。
「専門学校」とか「音楽学校」のように単語が二つ以上合わさったものは元の濁音を使います。「センモンガッコー」「オ(nga)クガッコー」となるわけです。

アルファベットにした鼻濁音は、本では記号で書かれています。こういう日本語の細かい音について、前にラジオで「依存」は「いそん」と読み、アナウンサーはそうしているはずと言うのを聞いて「ほんとだ!」と、知らない世界を知ったのですが、このあと「小学校」を「小学」と「学校」のどっちを主にして切るかの定義似の話に及んでいて「うわー」と思いながら読みました。


この本は途中からどんどん「修練と人間の核の関係」に入っていき、ひきこまれます。
以下のことはそのままヨガの練習にもあてはまる。

  • 私たちプロがいちばん大切にしていることは、表現に必要な一定の気分をつねに取り戻し、それを保つということです。日常に流されず、一定の気分を保つということです。(110ページ)
  • イメージは知識から生まれます。イメージするためには知識が必要です。(132ページ)
  • 技術は手に入れろ、手に入れたら忘れろ、ということです。(157ページ)
  • いずれにしても読む主体としてのリアリティーを失わないことです。リアリティーを失わないということは、あなたがしっかりそこにいて、行動しているということです。(185ページ)
  • 人物の欲望を読みとってください。感情や表現を考えなくていいのです。感情は、行動がなにかにぶつかったとき、自然に生まれてきます。(180ページ)
  • 頭だけの解釈を、形容詞をいじくることで表現しようとしてしまうのが思い入れというものです。(193ページ)

読んでいると、人間が作ったものを人間が代弁するのだから、それは人間を捉える仕事だという思想が伝わってきます。
そこに無理がないので、すごく沁みる。

<176ページ 人間はなぜ行動するのか 俳優の仕事とはなにか より>
感情というものはきわめて個別的なものであって、一般的な喜怒哀楽なんてものはありえないのです。
 したがって喜怒哀楽を正確に表現するには、役の人物の行動を正確に追いながら、架空の現実としっかり対決する以外にありません。

頭の中で多数決で探るようなことではなく、やるからには考えるということ。なんでもそのスタンスが大切だと思うのだけど、「架空の現実と対決する」という表現がストンときます。


<179ページ 人間はなぜ行動するのか 人それぞれの幸福 より>
 どんな人間も幸せを求めます。幸せを求めるがゆえに罪を犯せない人がいます。幸せを求めるがゆえに罪を犯す人もいます。自殺する人ですら、幸せを求めているのです。このつらい状況のなかで生きるより、死んだほうがましだと思うのです。死ななくてもすんだかもしれないのに、少しでもましだと思えるほうを選んでしまう。他人がなんといおうが、それは、本人にとってはぎりぎりの選択であり、みんな、それぞれの幸せなのです。
 私たちは人を観察します。何を幸せと考えているかがわかれば、どんな人間かがわかるものです。

この観察については、わたしも実に、そう思う。「できない状況が好きなんだろうな」と思うこともたくさんある。先延ばしにすることも、たぶん先にできると思っているいまの幸せを味わっているのだと思う。


<195ページ 客観性と主観 声は人なり より>
 自分を守っている鎧を投げ捨てたとき、はじめて人間は自由になります。そのときやっと、奥にあったものが表に出てきます。それが個性です。その人の本質、つまり、人となりや性質、思想、知性、感性、理性、理解力、知識量、それこそ癖、そんなものが渾然となって出てくるでしょう。
「読む対象の捉え方」そのものが個性ということです。朗読が個性的になるかどうかは、捉え方が個性的であるかどうかにかかっています。あたりまえすぎるほどあたりまえのことですが、ほんとうの個性とはそういうことです。

この本は終盤、けっこうジーンときます。


著者は波平さんの声優をしているかたですが、年号と時代をあてはめながら説明された波平像の想定を読んで、「そうだよなぁ」としみじみ。「感情」ではなく「状況」にがっちり向き合っていくというスタンスは、どんな仕事でもデキる人なら、やっていること。どこまで我を消せるか。
もっと情緒的な本かと思ったら、ぜんぜんそんなことはなく、ずっと読まれ続ける自己啓発書になりそうな本でした。


朗読のススメ (新潮文庫)
永井 一郎
新潮社