うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

職業欄はエスパー 森達也 著


映像作家の森達也さんが、ドキュメンタリー番組を作りながらの記憶・記録をテキスト化したもの。大槻教授は「TVタックル」で見た記憶がある。でもすべての登場人物はわからない。清田さんくらい有名だと少し知っている。ユリ・ゲラーインパクトはすごかったので覚えてる。わたしにとっては、そのくらいの記憶が残っている頃の話。
わたしがよくテレビで見ていたMr.マリックさんの時代はもう完全に番組がエンタメとして完成されていて、そもそもそのようなネーミングで活動されている。この本にある時代はその前。「トリックではありません」という時代。

秋山眞人さんに、「秋山さん、彼(清田さん)はホンモノですか」と著者の森達也さんが訊いたときに「ホンモノでもニセモノでも、大衆の意識は常にネガティブです。」と応える場面がはじめに印象に残る。
はずされる前提のハシゴに昇らせるようなことをメディアは繰り返すのだけど、それにあえて昇るときの心持ちや、利用されていくことに慣れていくために人が考えることを知る視点でも、読みながら思うことが多い。
超能力者に対してネガティブに捉えない・ニュートラルであろうとする人間でも、それがビジネスに結びつく瞬間に立ち会うと、こんな気持ちになるという描写も書かれています。(以下著者の心の描写 / いずれも「Capter2 挫折からのはじまり」より)

 超能力がまさしくビジネスへと一転した瞬間を撮影したわけだが、その意味での昂揚や達成感はなぜか希薄だった。僕に対しては最初からほとんど敬語らしい敬語を使わなかった清田が、彼らの前ではぬけぬけと使っていることに、カメラを回しながら実は一抹の嫌悪を感じていた。



 僕は無言でカメラを置いた。清田なりに僕の立場を気遣っていることはわかるが、局に対して気をまわすその表情に、一瞬だが狡猾な部分が見え隠れしたようで、たまらなく不快だった。

ニュートラルであろうと意識しながら向き合う作家の主観(主観は避けられない)というスタンスで記述するものとしては、かなり細かく心理描写がされています。



目に見えないものを商品にするときに起こること。人を神格化するときに起こること。そして読んでいてたまに複雑な感情をほじくられるのが、超能力者としてテレビに出ている人たちの言葉。事実でも笑いものになることに納得がいかない実父へ言葉を返しながら、清田さんがこう話す場面があります。

「事実かどうかなんてテレビではあまり関係ねえんだよ。森さん、気悪くしたら御免よ。だけど俺ももう二十六年間テレビとは付き合ってるからさ、多少は偉そうなこと言えるだけの資格はあると思うんだよ。テレビで意味があるのは、事実じゃなくて、どう見えるかなんだよ。その一点しかないんだよ。……親父だってさ、俺と一緒にさんざんそれは体験したじゃないかよ」
(Capter5 エスパーが生まれた北千住 より)

Capter10「どうしてみんな隠すんだ?」 にあった、清田さんによる「昔は曲がれこの野郎みたいな感じでやっていたのが、最近は折る前にスプーンに謝っている」という話や、秋山眞人さんがCapter11「逃れられない二者択一」で静かに語る以下の話は、まるでユダヤ人の教えのよう。

「優しい気持ちは重要です。特に僕らは世間から迫害されたり冷遇されたり差別されることが多いから、気を抜くとネガティブな方向に引っぱられてしまうんです。そうなったら悲惨です。何人もの超能力者たちの末路を僕は見聞きしています。本当に凄惨な話です。……だから荒んだ気持ちになりかけたときには、ここに来てこうして街の灯を眺めながら、このひとつひとつに人の営みがあるんだと確認するんです。人間を本当にいとおしく思える気持ちをとりもどせるまで、ここでじっと街の灯を眺めています」

人間を本当にいとおしく思える気持ちって、そんなに短期間で戻せるんだ。そのほうが超能力かも。この本を読んでいると、そういう気持ちになる。



エピローグにある

 オウム事件以降に特に突出したと個人的には思っているが、いわゆる不正に対してメディア全般が掲げる過剰な正義感の発露が、そもそも僕には馴染めない。(中略)その行間に滲む「臆面もない正義」には(同じメディアに属しながら)僕にはどうしても同調できないし、直截に言えば辟易する。

これは森達也さんの本に一貫したスタンス。わたしは友人のすすめで「世界を信じるためのメソッド」を読んで以来、たまに世のムードにモヤモヤするとこの作家さんの本を読むようにしています。
いまのわたしの身近な感覚では、同世代でもこのあたりのリテラシーに大きな差を感じます。先日、有名作家の学生時代の学校図書館レンタル履歴(個人情報)が公開されて問題視されていたけど、わたしの周囲にも「いい話なんだから、いいじゃない」という顔をする人はいるし、「臆面もなさ」への教育の場面と言うのは相変わらず、ない。ないんですよね。
いまは若い世代のほうが「仲間が知らない人にネットでめちゃくちゃに叩かれていた」などの情景を目にして、身近な例から学んでいるかも。
この「職業欄はエスパー」はたとえばヨガなら空中浮遊の成瀬雅春さんが登場していたりする時代。いま45歳以上の人にはけっこうリアルに感じられると思うので、「この人は、すごい人」と身近な人を聖人扱いしたり神格化したくなるような気持ちへの危機管理も兼ねて、読んでみることをおすすめします。


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