うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

走れメロス 太宰治 著


浅草リトルシアターで見たコント「color」のなかに、「走れメロス」を題材にした演目があり、気になったので原作をあらためて読んでみました。
コントは以下のセリフ部分が土台になっていたのですが

「私を殴れ。ちから一ぱいに頬を殴れ。私は、途中で一度、悪い夢を見た。君が若し私を殴ってくれなかったら、私は君と抱擁する資格さえ無いのだ。殴れ。」
「メロス、私を殴れ。同じくらい音高く私の頬を殴れ。私はこの三日の間、たった一度だけ、ちらと君を疑った。生れて、はじめて君を疑った。君が私を殴ってくれなければ、私は君と抱擁できない。」

芸人さんたちは色白でべつだん筋肉質でもなく締まってもおらず、ゆるーい学芸会のような衣装。なのにセリフの読み方は演劇調でカンペキ。このコントラストが独特のおもしろさを醸し出していて、「ちらと君を疑った」とか「同じくらい音高く私の頬を殴れ」というあたりに、「この小説、いま読んだらすごくおもしろいのかも!」という気配を感じました。


で。読んでみたら、この小説はとんでもなくツッコミどころ満載ですね。
漱石グルジの「こころ」同様、国民的ネタバレ小説なので中身を引用して書きますが、子供のころは記憶していなかった刺さりポイントがいっぱい。まずね、出だしの王様のマインドが「こころ」の先生そのもので、それに対してメロスは24時間テレビを地で行くような男なんです。24時間テレビで「走るコンテンツ=感動の物語」って、もしやこれに反応する潜在意識が下敷き?! まあいいや。そんなことより今日は「走れメロス」のなかにこんなエピソードがあったのね! ってとこを紹介したい。

眼が覚めたのは夜だった。メロスは起きてすぐ、花婿の家を訪れた。そうして、少し事情があるから、結婚式を明日にしてくれ、と頼んだ。婿の牧人は驚き、それはいけない、こちらには未だ何の仕度も出来ていない、葡萄の季節まで待ってくれ、と答えた。メロスは、待つことは出来ぬ、どうか明日にしてくれ給え、と更に押してたのんだ。婿の牧人も頑強であった。なかなか承諾してくれない。夜明けまで議論をつづけて、やっと、どうにか婿をなだめ、すかして、説き伏せた。結婚式は、真昼に行われた。

結婚式リスケさせてる! しかもめちゃくちゃ前倒し。




もうメロスのキャラが、いちいちツボに入ってしょうがない。

眼が覚めたのは翌る日の薄明の頃である。メロスは跳ね起き、南無三、寝過したか、いや、まだまだ大丈夫、これからすぐに出発すれば、約束の刻限までには十分間に合う。

「南無三」て! それもともとサンスクリット語だよメロス。一休さんかと思っぢゃないか。




メロスの前に立ちはだかるトラブルへの対応がおかしい。

「その、いのちが欲しいのだ。」
「さては、王の命令で、ここで私を待ち伏せしていたのだな。」
 山賊たちは、ものも言わず一斉に棍棒を振り挙げた。メロスはひょいと、からだを折り曲げ、飛鳥の如く身近かの一人に襲いかかり、その棍棒を奪い取って、「気の毒だが正義のためだ!」と猛然一撃、たちまち、三人を殴り倒し、残る者のひるむ隙に、さっさと走って峠を下った。

西遊記じゃん。孫悟空じゃん。




その続き

一気に峠を駈け降りたが、流石に疲労し、折から午後の灼熱の太陽がまともに、かっと照って来て、メロスは幾度となく眩暈を感じ、これではならぬ、と気を取り直しては、よろよろ二、三歩あるいて、ついに、がくりと膝を折った。立ち上る事が出来ぬのだ。天を仰いで、くやし泣きに泣き出した。ああ、あ、濁流を泳ぎ切り、山賊を三人も撃ち倒し韋駄天、ここまで突破して来たメロスよ。真の勇者、メロスよ。今、ここで、疲れ切って動けなくなるとは情無い。

韋駄天! このメロスって人、名前とか地名とかいちいちガイジンぽいけどやっぱり仏教徒なんだね。




そんなモードで読んでいたわたしには、終盤でメロスが

「待ってくれ、ゼウスよ。私は生れた時から正直な男であった。正直な男のままにして死なせて下さい。」

っていってもまったくそのモードで感情移入できない。でもセリヌンティウスは磔(はりつけ)にされている。ストーリー上はやっぱりキリスト教
あきらかに心根は仏教徒なのに磔にされている友を救いに走り、ゼウスに祈るメロス。ああややこしい。




この小説は、出だしはヤンキーの友情と大差ないわざとらしい善意が徐々に変化していく。その過程のメロスのセリフが実にいい。

私は、信じられている。私の命なぞは、問題ではない。死んでお詫び、などと気のいい事は言って居られぬ。私は、信頼に報いなければならぬ。いまはただその一事だ。走れ! メロス。



それだから、走るのだ。信じられているから走るのだ。間に合う、間に合わぬは問題でないのだ。人の命も問題でないのだ。私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいものの為に走っているのだ。

大人になって読了してみたら、バクティ・ヨーガ小説だったことが判明。びっくり。
「やんぬる哉。――四肢を投げ出して、うとうと、まどろんでしまった。」までの葛藤は、読ませるなぁ、という筆力。すごい。この小説すごいよ。
ただ信仰する神がちょっと節操ないですね。


なんてツッコミはさておき、冒頭の王様の気持ちとオチのユーモアと、とにかくよくできたお話。この時代に西洋場面の小話を日本人が書くとこうなった。ってのがね。
これは教科書から絶対にハズせないわけだわね。


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